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中山道 十日目の街道歩き旅 [上松宿〜福島宿編]

馬籠峠〜妻籠入口

中山道 長浜〜曽根の地図
越前屋

越前屋

昔の旅人は越前屋のそばを食べるのを楽しみにしていたという。。

越前屋

越前屋

「寿命そば」がそれ程までに有名だったと島崎藤村は「夜明け前」に書いている。

臨川寺入口

臨川寺入口

前述の越前屋から西へ坂を下ると古刹臨川寺

寝覚の床

寝覚の床

臨川寺は名勝寝覚の床を見るために建てたような寺だ。木曽路を通る大名なども、この寺に休んだり宿泊したりして見物したようだ。

寝覚の床

木曽路随一の名勝寝覚の床。大名も必ずここで休憩し見物したという。JR中央本線(手前)の車窓からも見られる。

句碑

句碑

臨川寺境内には多くの石碑が建ち芭蕉句碑もその一つ。「昼顔に昼寝せふもの床の山」。

 

小休所

小休所

明治天皇小休所碑も建つ(1880年6月行幸)

正岡子規

正岡子規

正岡子規の句碑も建つ「白雲や青葉わかばの三十里」

弁財天堂

弁財天堂

浦島太郎ゆかりの弁財天を祀ったのが臨川寺の起りという。

臨川寺

臨川寺

この臨川寺には、浦島の釣竿なるものまである。

立場茶屋

立場茶屋

越前屋(右)と民宿たせや(左)は、立場茶屋だった。

文学碑

文学碑

校門右手には藤村文学碑が建つ。「山は静かにして性を養い水は動いて情をなぐさむ」

上松小学校

上松小学校

街道沿いの上松小学校。

茂吉

茂吉

学校近くには斉藤茂吉の碑が建つ。「駒ヶ嶽見て染めけるを背後に小さき汽車は峡に入りゆく」

駒ヶ岳登山道

駒ヶ岳登山道

ここ上松から木曽駒ヶ岳(2956m)への登山道が通じている。

駒ヶ岳

駒ヶ岳

残雪が光り輝く駒ヶ岳。

上松の一里塚。

上松の一里塚

上松の一里塚。

江戸から72番目。

上松宿本陣跡

上松宿本陣跡

上松宿本陣跡付近の町並み。上松は木曽駒ヶ岳の登山口の一つ。島崎藤村「夜明け前」の舞台の一つでもある。

木曽の桟

木曽の桟

古くは中山道の難所といわれた木曽の桟[かけはし]を川の対岸から見る。国道を通っていては全く気づかない。古い石垣の一部が遺っているのがよくわかる。

松尾芭蕉句碑

松尾芭蕉句碑

その対岸には松尾芭蕉句碑「桟や命をからむ蔦かづら」(右)と明治天皇碑(左)が並んで建つ。

沓掛一里塚跡

沓掛一里塚跡

沓掛一里塚跡(71番目)

沓掛馬頭観音堂

沓掛馬頭観音堂

木曽義仲が愛馬のために建立したとの伝説が残る沓掛馬頭観音堂。

みこしまくり

みこしまくり

木曽の奇祭みこしまくり。白木の大みこしが町中を練り歩く。1986年7月23日撮影。

みこしまくり

みこしまくり

そして最後には地面に転がし壊してしまう荒っぽい祭りだ。だから毎年みこしは新調する。

塩渕一里塚跡

塩渕一里塚跡

塩渕一里塚跡(江戸から70番目)

水場

水場

上ノ段地区には宿場の面影が残る。

右下は住民が昭和初期まで使った水場(飲料水)。

寺門前小路

寺門前小路

なまこ壁が続く寺門前小路。

福島宿

福島宿

この福島宿は木曽路11宿の中心で宿場町としてのほかに陣屋町としても繁栄した。

山村代官屋敷

山村代官屋敷

木曽を支配した山村氏が代々住んでいた山村代官屋敷。戦国時代の木曽氏の居舘を使用。

福島関所跡

福島関所跡

江戸時代の4大関所の一つ福島関所跡。他は箱根、新居、碓氷の関所。

木曽谷

木曽谷

徳川家康は前述の馬籠峠と後述の鳥居峠の間にあるこの木曽谷を重視していた。

歩いた街道

北海道の街道

  1. 福山街道