中山道 十一日目の街道歩き旅 [原野~宮ノ越宿、薮原宿編]

原野~宮ノ越

中山道 原野~宮ノ越の地図
中山道中間点付近

中山道中間点付近

JR原野駅近くの街道。

中山道中間点付近

中山道中間点付近

中山道中間点の説明板が建つ

「東西中間の地」碑

「東西中間の地」碑

すぐ近くの「道の駅」には「中山道東西中間の地」碑が建つ。

「東西中間の地」碑

「東西中間の地」碑(拡大)

京都・江戸の双方から67里28町の距離にある。(267㎞)

石仏群

石仏群

街道沿いの石仏群

庚申塔

庚申塔

街道沿いの庚申塔

道中の景観

道中の景観

松沢付近の景観。

一里塚

一里塚

宮ノ越一里塚跡。

宮ノ越~藪原

中山道 宮ノ越~藪原の地図
道中の景観

道中の景観

宮ノ越宿入口付近。

石碑群

石碑群

宮ノ越宿の石碑群 

石碑群

石碑群(拡大)

宮ノ越宿の石碑群

御膳水

御膳水

明治天皇御膳水の井戸。

町並み

町並み

宮ノ越宿

町並み

町並み

宮ノ越宿(右手に本陣跡)。

本陣跡

本陣跡

宮ノ越宿本陣跡。脇街道の権兵衛街道との追分でもある。 

義仲館

義仲館

木曽義仲の生涯を絵画や人形を使って解説する義仲館。

義仲館

義仲館

木曽義仲(右)と巴御前(左)。

義仲は破波山の戦(1183)で平家に大勝し、翌年、征夷大将軍となる。

徳音寺遠景

徳音寺遠景

義仲公の里。中央奥に徳音寺。義仲は幼時から、この土地で過ごした。

徳音寺参道

徳音寺参道

徳音寺は義仲の菩堤寺。

徳音寺境内

徳音寺境内

巴御前の騎馬像が徳音寺境内に建つ。

巴御前

巴御前

巴御前は男勝りの武将で、義仲に付き添い共に戦った。

巴淵

巴淵

この巴淵は竜神が巴御前に化身して義仲を守ったという伝説の地。

巴淵

巴淵

巴淵の碑が建つ(左)。

「山吹も巴もいでて田植えかな」という森川許六の句碑も刻まれている。

らっぽしょ

らっぽしょ

木曽義仲の旗揚げ祭(らっぽしょ)は8月14日夜におこなわれる徳音寺の行事。倶利伽羅峠の大勝利を再現して喜び合う祭のようだ。

句碑

句碑

薮原駅前には句碑が建つ。「逢うも駅訣るるも駅いわし雲」。地元の俳人であろうか。

薮原宿高礼場跡

薮原宿高礼場跡

薮原宿高礼場跡付近の町並み。

お六ぐしの看板

お六ぐしの看板

お六ぐしの看板(中央)が目についた。ツゲで作った素朴な「くし」で、毛の通りがよく静電気を起こさない。「お六」は江戸時代、妻籠で宿屋を営んでいた女性とか。

宮川漆器店

宮川漆器店

宮川漆器店は史料館を併設している。

町医者だった宮川家伝来の医療器具などを展示。左上の大きなクシの看板にも注目。

宮川漆器店

道中

鳥居峠へは、ここを右折する。その前に、少し寄り道をする。

米屋

米屋

この「米屋」は木曽路最古の旅籠とか。

大田南畝が宿泊(1802年)した折、主人から前述のお六櫛の由来を聞く。「旅人につげの小ぐしや、みわはりの木曽路はこことさしてをしへん」。

本陣跡碑

本陣跡碑

前述の米屋のすぐ北に本陣跡碑が建つ。

薮原

薮原

この薮原は中山道と野麦峠を越えて飛騨へ向かう街道の分岐点でもある。

御鷹匠役所跡碑

御鷹匠役所跡碑

小高い所に「尾州(尾張藩のこと)御鷹匠役所跡」碑が建つ。

ここで鷹のヒナを飼育していたようだ。

鳥居峠の登り口

鳥居峠の登り口

ここが鳥居峠の登り口。