中山道 五日目の街道歩き旅 [新茶屋~馬籠宿編]

新茶屋~馬籠宿

中山道 新茶屋~馬籠宿の地図
新茶屋

新茶屋

このコースは新茶屋からスタートする。ここは2005年までは岐阜・長野の県境だった。左は一里塚古碑。

新茶屋

新茶屋

新茶屋の冬景色。

一里塚

一里塚

新茶屋の一里塚。

新茶屋

新茶屋

この新茶屋は落合宿と、これから向かう馬籠宿のほぼ中間点。西にある十曲峠の立場茶屋がここに移ったのでこの名がある。

翁塚

翁塚

木曽路の入口には翁塚が建つ。「送られつ送りつ果ては木曽の秋」(1843年建)。松尾芭蕉は木曽路を2回(1684、1688)旅している。

島崎藤村直筆の街道碑

島崎藤村直筆の街道碑

傍には島崎藤村直筆の街道碑が建つ。

「是より北木曽路」。しかし、藤村はこの碑の完成(1957)を見ずに亡くなっている。

正岡子規の句碑

正岡子規の句碑

しばらく進むと正岡子規の句碑が建つ。「桑の実の木曽路出づれば穂麦かな」(1979建)。

馬籠城跡

馬籠城跡

ここは、室町時代からの砦だった馬籠城跡。戦国時代は武田信玄の領地だった。

枡形跡

車屋坂

馬籠宿に入って最初の坂道が、この「車屋坂」。

車屋坂

枡形跡

わざと見通しを悪くするために作られた枡形跡。城下町や宿場でよく見られる。中央の石段の道が本来の枡形。

枡形跡

枡形跡

本来の(江戸時代の)枡形は、この大きな水車の前で直角に曲がり常夜灯の北側の石段を登って行く。

枡形跡

枡形跡

直角曲がりは、不便なため明治に入りカーブの坂道(右)に改修されたようだ。

清水屋

清水屋

清水屋は馬籠宿の組頭を務めていた。清水屋資料館前から坂道をふり返る。

槌馬屋資料館

槌馬屋資料館

槌馬屋資料館(右)付近の景観。家具・民具や宿場の行政資料などを展示している。

馬籠宿

馬籠宿

急坂が続く馬籠宿の町並み。

馬籠茶屋

馬籠茶屋

「馬籠茶屋」(左)付近の町並み。

馬籠宿

馬籠宿

このあたりは馬籠宿の中間点。ここで登ってきた坂道をふり返る。

藤村記念館

藤村記念館

藤村記念館(左)は島崎藤村の生家だ。

藤村の死後馬籠の有志によって記念館が設立された(1947)。

藤村記念館

藤村記念館

藤村は馬籠の名家(本陣・問屋・庄屋を兼ねる)に生まれ(1872)、9才で上京(東京の名門校に転入)するまではこの地に育つ。その後、二度と戻ることはなかった。

脇本陣資料館

脇本陣資料館

脇本陣資料館付近の景観。中央には山口誓子の句碑が建つ。「街道の坂に熟柿灯を点す」

馬籠

馬籠

この馬籠(山口村)は2005年2月、越県合併により岐阜県中津川市になった。

高礼場

高礼場

高礼場(右)付近の景観。

馬籠

馬籠

春、秋などの行楽シーズンには、かなりの観光客でごった返す。

馬籠

馬籠

冬景色もなかなか、いいものだ。観光客も全くと言っていいほどいない。前述の高礼場付近をふり返る。

馬籠展望台

馬籠展望台

馬籠展望台は恵那山の絶好ビューポイント、左は越県合併記念碑。

島崎藤村の碑

島崎藤村の碑

近くには島崎藤村の碑が建つ。「心起そうと思はゞ先づ身を起せ」(ニーチェの言葉より)

梨子ノ木坂

梨子ノ木坂

水車塚を超え、この梨子ノ木坂を登る。

十坂舎一九の歌碑

十坂舎一九の歌碑

坂を登ると、十坂舎一九の歌碑が建つ。「渋皮のむけし女は見えねども栗のこわめし、ここの名物」