仙台・松前道 三日目の街道歩き旅 [桑折~国見峠~貝田編]

桑折~藤田駅周辺

桑折~藤田駅周辺の地図
旧伊達郡役所

旧伊達郡役所

旧宿場の桑折[こおり]宿にやって来た。右奥には国の重要文化財旧伊達郡役所が見える。

美術館

美術館

桑折のランドマーク的存在だ。美術館も隣接する。

桑折宿

桑折宿

桑折宿の町並み。

角田邸

角田邸

角田邸のなまこ壁。

桑折御蔵

桑折御蔵

この桑折御蔵[こおりおんくら]は町の観光案内や物産の販売をしている。蔵屋敷を活かしたまちづくりだ。

桑折宿

桑折宿

古い蔵が残る景観。

桜川酒造跡

桜川酒造跡

造り酒屋の桜川酒造跡に残る土蔵。

無能寺

無能寺

この無能寺で明治天皇は小休止され、近辺にある半田銀山を視察された(1876.6.21)。

追分

追分

ここが東北2大街道の分岐点(追分)だ。

左は羽州街道。奥州街道(仙台松前道)は右へ進む。

柳の句碑

柳の句碑

柳の句碑が建つ。「夕暮れに心の通う柳哉」(卜而翁)

追分

追分

この追分は復元整備(2006年)され、実に魅力的な景観に変身した。大へん有難いことである。

追分

追分

10年ぶりの再訪だったが、前回はこのような感じであった。正に街道は生きている!

街道碑

街道碑

右が奥州街道。左が羽州街道(山形を通り、青森の油川宿に至る)。つまり七ヶ宿街道である。

国見峠~貝田

国見峠~貝田の地図
源義経の腰掛松

源義経の腰掛松

源義経の腰掛松。金売吉次の手引きで京から平泉へ行く途中、ここで休息したという(1177年)。

源義経の腰掛松

源義経の腰掛松

金売吉次は「義経記」にあらわれるフィクションだが、そこには奥州の交易商人の姿が反映されているのだろうか。

国見町大木戸小学校

国見町大木戸小学校

福島県北端、国見町大木戸小学校(写真右)付近の景観。R4号側(写真左)に町指定史跡の「国見峠長坂跡」が残る。

長坂跡

長坂跡

この長坂跡には、いかにも古道らしい雰囲気の道筋(写真中央奥へ)が残っている。

説明板

説明板

説明板によれば、この峠周辺一帯は源頼朝と藤原泰衡の両軍による激戦地だった。

長坂跡

長坂跡

この近くには茶屋があったという。

長坂跡

長坂跡

この急な坂道は明治になると馬車の通行には不適で山麓に新道が開通したのである。

松尾芭蕉翁碑

松尾芭蕉翁碑

長坂跡には松尾芭蕉翁碑が建つ。「路縦横に踏んで伊達の大木戸を越す」と「奥の細道」に記した。

厚樫山

厚樫山

奥州合戦(1189)の古戦場・厚樫[あつかし]山。

敗北した奥州藤原氏は滅亡し、頼朝の全国統一が完成する。

厚樫山

厚樫山

「かぐわしく旅人迎える桃の花」

半田屋

半田屋

街道沿いに立派な門を構える旧家(半田屋)。

R4号

R4号

この交差点でR4号を横断する(写真中央奥へ)。

貝田宿

貝田宿

貝田宿。登ってきた坂道を振り返る。

貝田宿

貝田宿

たびたびの大火で家並みの大半は焼失し昔日の面影は見られない。

芭蕉の記念碑

芭蕉の記念碑

説明板の右には芭蕉の記念碑も建つ。

奥の細道自然歩道の終点碑

奥の細道自然歩道の終点碑

この枡形を左折する。白河宿から始まる奥の細道自然歩道の終点碑(写真中央やや左)も建つ。

貝田口留番所跡

貝田口留番所跡

貝田口留番所跡(写真中央)。奥州街道は手前。