仙台・松前道 七日目の街道歩き旅 [有壁~一関~平泉編]

有壁

有壁の地図
有壁宿

有壁宿

お目当ての有壁宿にやって来た。

有壁宿

有壁宿

有壁宿の景観(南向き)。

有壁宿本陣

有壁宿本陣

有壁宿の中央を流れる有馬川(写真手前)がお濠のように本陣(写真中央)を囲む。

有壁宿本陣

有壁宿本陣

旧有壁宿本陣は堂々たる外観である。今もよく旧態をとどめている。

有壁宿本陣

有壁宿本陣

参勤交代の折り、松前・八戸・南部・一関の大名らが宿泊したり休んだりした。

御成門

御成門

左右に明治天皇碑が建つ御成門も見事である。

説明板

説明板

高清水と同じタイプの説明板(写真左)が建つ。

一関

一関の地図
一関藩家老職沼田家住宅

一関藩家老職沼田家住宅

一関[いちのせき]にやって来た。ここは一関藩家老職沼田家住宅(江戸時代後期)。

一関

一関

武家住宅から少し北へ進む。

酒の民俗文化博物館

酒の民俗文化博物館

すると大正時代の酒蔵を活用した「酒の民俗文化博物館」が現れた。

世嬉の一酒造

世嬉の一酒造

この「世嬉の一」酒造は大正中期の創業。世の人々が嬉しくなる一番の酒を目指している。

酒蔵

酒蔵

カフェと直売所を兼ねている酒蔵。

島崎藤村の文学碑

島崎藤村の文学碑

館内には島崎藤村の文学碑(写真中央)が建つ。

「あゝ自分のようなものでも、どうかして生きたい」(『春』)。一関は彼の恋人が少女時代に過ごした町だった。しかし、半年で一関を去り藤村は旅に出る。

明治天皇碑と松尾芭蕉碑

明治天皇碑と松尾芭蕉碑

磐井橋東詰近くには明治天皇(写真左)と松尾芭蕉(写真中央)のコラボが見られる。

約200年の時差はあるが、時々ご一緒するお二人である。

ニ夜庵

ニ夜庵

芭蕉は、この金森邸に2泊したのでニ夜庵と呼ばれる。

明治天皇碑

明治天皇碑

磐井川(写真中央)はやがて北上川に合流する。

左には明治天皇碑が建つ。

平泉の散策

平泉の散策の地図
伽羅之御所

伽羅之御所

平泉にやって来た。伽羅之御所[きゃらのごしょ]跡はJR平泉駅から近い。藤原秀衡、泰衡の居館だった所。

無量光院跡

無量光院跡

3代藤原秀衡が建てた寺院、無量光院跡。説明板の下部に「平泉の文化を世界遺産に」の文字が見える。

2011年6月ようやく世界遺産登録が実現した。

無量光院跡

無量光院跡

無量光院は秀衡が京都の宇治平等院を模して作らせた。今は老杉がそびえる田畑の中。

義経堂

義経堂

高館跡の頂上に建つ義経堂。悲運の英雄が最後を遂げた(1189)所である。享年30才。

北上川と束稲山

北上川と束稲山

平泉を流れる北上川と束稲山[たばしねやま](写真右奥)。

西行が訪れた頃(1147)、春には全山が見渡す限り桜一色に染まったという。「花の御所」ともいわれた歌枕。

松尾芭蕉句碑

松尾芭蕉句碑

源義経の死後、ジャスト500年(1689)に高館を訪れた松尾芭蕉は万感の思いを込めて詠んだ。

「夏草や兵[つわもの]どもが夢の跡」

衣川古戦場跡

衣川古戦場跡

衣川古戦場跡を高館から遠望する。

月見坂

月見坂

風情のある急坂の参道月見坂。藤原三代の栄えていた頃、月見の宴を催したと伝わる。

中尊寺参道

中尊寺参道

老杉がそびえたつ参道。

弁慶堂

弁慶堂

参道沿いにある弁慶堂(1826再建)。

ここには義経公と弁慶の木像が安置されている。

弁慶堂

弁慶堂

同じく弁慶堂への石段。

東物見台

東物見台

弁慶堂の反対側にある東物見台。

ここは絶景スポットで束稲山や北上川が一望のもと。

弁財天堂

弁財天堂

周囲を池に囲まれた弁財天堂。

弁財天堂

弁財天堂

あじさいやハスの花が咲く。

本坊表門・中之坊

本坊表門・中之坊

左は本坊表門。右は中之坊。お札や念珠などを売っている。

金色堂

金色堂

金色堂は中尊寺の中心的存在。「五月雨[さみだれ]の降り残してや光堂」と芭蕉が詠んだ。

旧覆堂

旧覆堂

旧覆堂[おおいどう]。

鎌倉時代、金色堂を保護するため造られた。

毛越寺

毛越寺

中尊寺と並ぶ平泉文化の中心、毛越寺[もうつうじ]。藤原基衡が造営した。

旧観自在王院

旧観自在王院

史跡公園になっている旧観自在王院。藤原基衡夫人が12c.中頃に建立したと伝わる寺院である。