山陽道 八日目の街道歩き旅 [矢掛~神辺編]

矢掛~小田駅まで

矢掛から小田駅までの地図
矢掛宿

矢掛宿

矢掛宿は江戸時代、参勤交代で往来する諸大名の宿場町として繁栄した。

旧脇本陣高草家

旧脇本陣高草家

旧矢掛脇本陣の高草家。

街道より一段高くした石垣の上に建っている。石は黒壁の土蔵。

黒壁の土蔵

黒壁の土蔵

みごとな土蔵である、

旧矢掛本陣石井家

旧矢掛本陣石井家

御成門(写真右)が残る旧矢掛本陣石井家。

宿泊する大名は、この門を出入りした。

旧矢掛本陣石井家

旧矢掛本陣石井家

本陣・脇本陣ともに国の重要文化財。

毎年11月第2日曜にイベントとして、大名行列が開催されている。

やかげ郷土美術館

やかげ郷土美術館

やかげ郷土美術館。

望楼のあるユニークな建物で矢掛の新しいシンボル。

やかげ郷土美術館

やかげ郷土美術館

水見櫓[みずみやぐら](写真右)。昔、小田川の氾濫時に水位を見る時のものだったらしい。

古意庵

古意庵

土倉を改造した、遊び心の美術館古意庵[こいあん]

小田駅~今市まで

小田駅から今市までの地図
r

早雲の里荏原駅

第三セクターの井原鉄道に街道は沿っている。これは荏原[えばら]駅の駅名表示板。北条早雲は、すぐ近くの高越城に生まれた。

標柱

標柱

旧山陽道(参勤交代街道)と書かれた白い木製の標柱。

今市はもうそこ。

今市駅本陣跡

今市駅本陣跡

今市は、矢掛と七日市の間宿。

情緒ある街並みが続く。

今市~高屋まで

今市から高屋までの地図
道中の風景

道中の風景

街道は七日宿(井原市)へ向かう。

七日市

七日市

小田川を越えると、七日市に入る。情緒ある街並みが続く。

勲橋

七日市本陣跡

碑には、
七日市宿場本陣屋敷跡地と刻まれている。

道中の風景

道中の風景

下出部一里塚

下出部一里塚

出部郵便局をさらに進むと、下出部一里塚が現れる(写真左)。いずえ駅はここからすぐのところにある。

下出部一里塚

下出部一里塚

碑には、旧山陽道一里塚跡と刻まれている。

大曲

大曲

その名通りの大曲。

大曲の由来文が書かれた案内板(写真右)が建つ。

傍に薬師堂もある。

道中の風景

道中の風景

高屋宿まで、もうすぐだ。

高屋宿

高屋宿

高屋宿の町並み。うだつのある家が修理中だった(2003年12月)。

ここ高屋は中国地方の子守唄発祥の地とのこと。

高屋宿

高屋宿

近くに声楽家上野耐之生家がある。上野耐之は、この地方で歌い継がれていた唄を山田耕筰に紹介した。

道標

道標

上野耐之生家の横に、

備中西國第八番
従是高山寺十八丁
道標がある。

高屋~神辺まで

高屋から神辺までの地図
県境碑

県境碑

備中(岡山)・備後(広島)の県境碑(写真左)。

街道は神辺宿へ向かう。

上御領の一里塚

上御領の一里塚

しばらく進むと、子どもの絵の裏に、上御領の一里塚碑が建つ(写真右)。

一里塚碑と詩碑

一里塚碑と詩碑

上御領一里塚碑と高屋道中と題する菅茶山の詩碑が並んでいる。このツーショットは迫力がある。

常夜燈

常夜燈

宗重池(写真左)のそばに常夜燈が建つ(写真右奥)。

相撲取りの墓

相撲取りの墓

石碑が並ぶ。

右は、力士外ヶ島弥五郎の碑。

常夜灯

常夜灯

備後国分寺の直前にあるユニークな形の常夜灯(写真左)

備後国分寺跡

備後国分寺跡

備後国分寺は奈良時代に建立された国分寺の一つ。現在の建物は約300年前に再建されたものとか。

菅茶山坐像

菅茶山坐像

道標(写真左)・菅茶山坐像(写真右奥)が建つ。菅茶山は、医学と朱子学を学び、ここ神辺に私塾黄葉夕陽村舎[こうようせきようそんしゃ]を開いた。

傍に菅茶山記念館がある。

廉塾・菅茶山旧宅跡

廉塾・菅茶山旧宅跡

廉塾は、前述の菅茶山が開いた、黄葉夕陽村舎が福山藩の郷校になった際(1796)に呼ばれた名称。
藤井暮庵・頼山陽・北條霞亭などもここで都講(塾頭)を務めた。

道標

道標

こんなところに道標が、
旧山陽道神辺駅 太閤屋敷あと とある。

菅茶山の漢詩も書かれている。

道標

道標

道標によると、 この場所に豊臣秀吉が朝鮮の役の帰途に立ち寄った館があったとか。

神辺本陣

神辺本陣

神辺は、矢掛と並び山陽道の宿場の面影を色濃く残している。左が本陣。

神辺宿

神辺宿

神辺は、備後の国の政治・経済の拠点として、戦国時代には、神辺城の城下町として栄えた。