唐津街道 七日目の街道歩き旅
[虹の松原~唐津 編]

虹の松原~唐津(佐賀県)の位置

地図

藩境石

「従是東対州領」の藩境石が唐津市境に建つ。
対州は、対馬の別称。唐津の東が幕府領から対馬領となったのは、1818年のこと

	藩境石

槍掛けの松

槍が立てかけられるほどに、枝を広げていた松はこれだろうか。

	槍掛けの松

山頭火句碑

「松に腰かけて 松を見る」山頭火(1932年)
この時、山頭火は初めて虹の松原を訪れ、さすがに美しく思い、あちこち歩きまわった(日記より)

	山頭火句碑

防砂防風林

安土桃山時代後期に、防砂防風林として、植林をした。
唐津の近くから玄海に面して、約100万本の黒松の美林が続く。
不思議にもセミの声がしないという

	防砂防風林

虹の松原

日本三大松原の一つ。他には三保(静岡)、舞子松原(兵庫)。
「日本の道100選」にも選定されている

	虹の松原

広瀬淡窓

日田の儒学者 広瀬淡窓は、62歳の頃、2か月近くの旅行をした際、この虹の松原や深江、前原、福岡方面を訪れている

	広瀬淡窓

舞鶴橋

唐津城(別名、舞鶴城)が見えてきた。右手前に舞鶴橋架橋記念碑が建つ

	舞鶴橋

唐津城

全国でも珍しい海(玄界灘)に面した城

	唐津城

唐津

地名は韓津(からつ)に由来するとされ、古来朝鮮半島への要港、大陸への玄関口として栄えてきた。

	唐津

石垣の散歩道

唐津城へと続く道は、「石垣の散歩道」と呼ばれる

	石垣の散歩道

水野旅館

「石垣の道」沿いの旅館。
400年前、名護屋城から当地に移した武家屋敷門が玄関に建つ

	水野旅館

旧高取邸

この近代和風建築は、炭鉱王として成功した、高取伊好の旧宅

	旧高取邸

散歩道

城から石垣の道が1kmほど続く

	散歩道

唐津駅前

駅前の大きな獅子の像が目をひく

	唐津駅前

唐津曳山

唐津焼の唐津曳山「赤獅子」像だ

	唐津曳山

「五足の靴」文学碑

「五足の靴」の若き詩人グループは、唐津にやって来た。(駅前の旅館に宿泊)。
碑は、木下杢太郎の「はためき」(1907年8月4日)

	「五足の靴」文学碑

京町恵比寿

商店街の入り口に道標(右)。「西 名護屋口 東 札の辻」

	京町恵比寿

札の辻公園

ここは、松浦党唐津会所跡

	札の辻公園

町並み

魚屋町のマルキ醤油(創業1769年)

	町並み

三の丸辰巳櫓

右奥に唐津城が見える。これは見張りと防禦用の櫓(復元1993年)

	三の丸辰巳櫓

旧唐津銀行

唐津出身の辰野金吾が建築の監修を務めた(竣工1912年)

	旧唐津銀行

景観重要建造物

赤レンガと白い花崗岩のコンビネーションが「辰野式」。
辰野金吾は東京駅、日本銀行などの設計者として有名

	景観重要建造物

銀行内部

1955年に佐賀銀行唐津支店となる

	銀行内部

2階への階段

営業は1997年まで続き、移転に伴い、唐津市に寄贈された

	1,2階の階段

【参考写真】工事中(前回の訪問)

前回はタイミング悪く、旧唐津銀行は、保存整備工事中で見学できず。
工事は、2011年3月まで3年かかるとのことだった。

	【参考写真】工事中(前回の訪問)

札の辻橋

町田川に架かるこの札の辻橋は、藩政時代、外町(左)から内町に入る、唯一の橋であった

	札の辻橋

千鳥橋

雰囲気のある太鼓橋だ。近くには「日本二十六聖人顕彰碑」が建つ

	千鳥橋

魚屋町

魚屋町の町並み。町名は魚屋が集住させられたことに由来する。
左は旧東の木屋酒造場

	魚屋町

近松寺(きんしょうじ)

藩主小笠原氏の菩提寺である。境内には芭蕉句碑が建つ。
「春もやや けしきとゝのふ月と梅」芭蕉

	近松寺(きんしょうじ)

近松門左ェ門の墓

「五足の靴」グループも、この近松寺で文学同好会に出席している(1907年)

	近松門左ェ門の墓

末盧館(まつろかん)

日本最古の水田跡が発見された菜畑遺跡に建つ唐津市立の歴史博物館。
古代の高床倉庫をイメージしている。

	末盧館(まつろかん)

唐津街道歩きコース

コースプラン
  コース 見どころ、ハイライトなど
1戸畑~若松 若戸大橋、旧古河鉱業若松ビル
2赤間宿~原町 赤間の町並み、中村研一・琢二生家美術館
3畦町宿~青柳宿 太閤水、玄望峠、唐津街道道標
4香椎~箱崎~福岡 筥崎宮、福岡城
5大宰府 天満宮、都府楼跡
6筑前前原 古材の森、辰美商店
7虹の松原~唐津 虹の松原、唐津城、旧唐津銀行
8「唐津くんち」、伊万里、平戸 曳山の巡行、ザビエル教会(平戸)