高野街道 八日目の街道歩き旅
[中高野街道 平野~河内松原 編]

平野~河内松原(大阪府)の位置

地図

流口地蔵

これも平野郷十三口の一つ。

	流口地蔵

北口地蔵

喜連集落の北の出入口に祀られている地蔵。

	北口地蔵

説明板

参詣者の休憩所でもあった。かつて北側に松山橋という石橋が架かっていた。

	説明板

古社

もと氏神天神の楯原神社。

	古社

街道

右に街道碑が建つ。「中高野街道」

	街道

道標

「すぐ こう野」「左 ふちゐ(葛井)寺」

	道標

喜連

この地名は古代、朝鮮半島から渡来した技術者たちの居住地「くれのさと」が転訛したとのこと。

	喜連

まるで江戸時代

江戸時代が、そのまま保存されているような感じ。

	まるで江戸時代

屋敷小路

見事な景観だ。

	屋敷小路

説明板

中世からの環濠集落で、江戸時代に消滅した。

	説明板

喜連局付近

とにかく古い民家が、実に多く残っている集落だ。

	喜連局付近

喜連

前述の富田林に劣らず、落ち着いた雰囲気の町並み。

	喜連

馬倉地蔵尊

環濠集落を守るために祀られた地蔵。

	馬蔵地蔵尊

説明板

名前はここに馬つなぎ場があったことに由来。

	説明板

瓜破大神社

街道沿いの古社。別称、瓜破(うりわり)神社。

	瓜破大神社

瓜破の町並み

バス停、瓜破付近。

	瓜破の町並み

もと瓜破村

もと中河内郡瓜破村だったが、1955年大阪市に編入された。

	もと瓜破村

瓜破本郷地蔵

	瓜破本郷地蔵

堤防手前の地蔵

大和川に突き当たる直前にある地蔵。

	堤防手前の地蔵

大和川

かつての旧高野大橋はないが、端杭は残る。

	大和川

高野大橋

これらが1954年架設された橋。
街道を歩くには、この大橋を渡り、迂回するしかない。

	高野大橋

瓜破南の町並み

本来の街道筋に戻る。

	瓜破南の町並み

光南地蔵

街道沿いの地蔵

	光南地蔵

町並み

松原市三宅の町並み。

	町並み

屯倉神社

祭神は菅原道真公。

	屯倉神社

天満宮

道真が大宰府左遷(901年)の折、ここに立ち寄ったという。

	天満宮

漢詩「月夜見梅花」

左右に道真公の五言絶句の漢詩碑が建つ。
これは11歳の時の作という。さすが学問の神様。

	漢詩「月夜見梅花」

街道

左に黒板塀の旧家。

	街道

松原市役所付近

ここは長尾街道の交点にあたる。

	松原市役所付近

長尾街道

前述の交点から200mほど西に街道碑が建つ。
ここに昔「ちちかみばし」という橋があったという。

	長尾街道

悲しみの「ちちかみばし」

旅の母親が橋のそばで休み、授乳していた。が、突然乳首を噛み切られ、乳児を抱いたまま亡くなったという。
悪夢を見たのであろうか。何ともいたましい。

	悲しみの「ちちかみばし」

竹内街道との交点

松原南図書館(右)の傍らに道標が建つ。
「右 ひらの(平野) 大坂」「左 さやま(狭山) 三日市 かうや(高野)」とある。
中高野街道は左へ進む。

	竹内街道との交点

葛井寺(ふじいでら)南門(参考写真)

道標にもしばしば登場する古刹。西国三十三カ所の五番札所にあたる。

	葛井寺(ふじいでら)南門(参考写真)

吉村家(参考写真)

羽曳野市島泉にある江戸時代前期の豪農の建物。国の重要文化財。

	吉村家(参考写真)

唐津街道歩きコース

コースプラン
  コース 見どころ、ハイライトなど
1堺~河内長野 十三~九里石、晴明塚(西高野街道)
2河内長野~橋本~学文路 紀見峠、学文路(高野街道)
3学文路~高野山(女人堂) 河根の旧本陣、女人堂(高野街道)
4八幡市~四條畷市~古市 出屋敷、野崎観音(東高野街道)
5富田林の散策 寺内町の町並み(東高野街道)
6富田林~河内長野、千早赤阪 赤阪城址、千早城址(東高野街道)
7布施~平野 杭全神社 全興寺(中高野街道)
8平野~河内松原 喜連、瓜破の町並み(中高野街道)