高野街道 二日目の街道歩き旅
[高野街道 河内長野市~橋本市 編]

河内長野市~橋本市(大阪府~和歌山県)の位置

地図

三日市宿の町並み

南海 河内長野駅の南700m付近の三日市宿町並み。街道の面影が残っている

	三日市宿の町並み

三日市宿

江戸時代に造り酒屋を営んだ八木家住宅

	三日市宿

河内長野市三日市

「従是 三日市宿」「高野山女人堂江八里」
かつては高野参詣客で繁栄した宿場であった。

	河内長野市三日市

八里石

高野街道をふり返る

	八里石

七里石

南海高野線 千早口駅付近に建つ七里石

	七里石

紀見トンネル

紀見峠に向かう高野街道。国道371号線は、紀見トンネル(中央の白い部分)を越える

	紀見トンネル

紀見峠

地名は紀伊国(和歌山県の旧名)を望み見るの意。表示板のように金剛生駒国定公園に属す

	紀見峠

六里石

大阪府(河内長野市)と和歌山県(橋本市)の境、紀見峠(標高380m)に建つ六里石(1857年建)。

	六里石

五年ぶり

前回(前の写真2枚)は、濃霧だったので5年後に再訪した。
木製説明板が金属製に変わっていた。

	五年ぶり

気になる句碑

道沿いに句碑が建つ。「石一つ残して聖火の行方かな 風みち」。
この辺りは、有名な数学者 岡潔氏が幼少の頃住んだ所。
祖父はこの紀見峠で旅籠を営んでいたという。氏の俳句好きと関係があるのかな。

	気になる句碑

五里石

橋本市橋谷に建つ五里石。
国道371号線(写真左端)沿いだが、少し進むと国道と分れ旧道に入る。

	五里石

曲がる旧道

橋本市御幸辻付近の街道。

	曲がる旧道

高野街道

橋本駅(写真左へ約500m)近くのJR高架に「高野街道」と明記してある。

	高野街道

四つ辻

JR高架から150m南に四つ辻があり、大和街道(五條方面から和歌山市に至る紀ノ川沿いの街道)と直交する。
その辻の近くに道標が建つ。街道は左(中央奥)へ進む。

	四つ辻

辻に建つ道標

「西 右 かうや(高野) 左 京大坂」「北 右 わか山 こかは(粉河) 左 いせ なら はせ(長谷寺) よしの 追分」 
裏側にも南面と東面の案内がある。

	辻に建つ道標

東家(とうげ)

紀ノ川の川辺に建つ東家 渡し場跡の常夜灯。 傍らに四里石(写真右枠外)。
ここからは、橋本橋を渡り(約300m)学文路(かむろ) へ向かう。

	東家(とうげ)

弘法大師

橋本橋を渡った所に二軒茶屋の常夜灯が建つ。
「弘法大師」という字が刻まれている(左中央)

	弘法大師

二軒茶屋

これより清水に向かう街道。右に二軒茶屋の常夜灯

	二軒茶屋

六地蔵

高野参詣の旅人の安全を祈念する六地蔵(第一の地蔵)。西行の旧跡とも伝えられる。

	六地蔵

清水の町並み

清水は街道の両側に今も昔の町並みが残り、往時を偲ばせる。
学文路へはあと2kmである。

	清水の町並み

学文路(かむろ)大師堂

山門脇のかむろ地蔵

	学文路(かむろ)大師堂

再び国道へ

国道370号線から50m程離れて並進する街道。道なりに右カーブすると再び国道。

	再び国道へ

国道を横断

2回目の横断で左奥へと進む。右に「歴史街道」の碑が建つ

	国道を横断

学文路の町並み

郵便局学文路局付近の町並み。
街道の中央にさりげなく「高野街道」という字が刻まれている。

	学文路の町並み

唐津街道歩きコース

コースプラン
  コース 見どころ、ハイライトなど
1堺~河内長野 十三~九里石、晴明塚(西高野街道)
2河内長野~橋本~学文路 紀見峠、学文路(高野街道)
3学文路~高野山(女人堂) 河根の旧本陣、女人堂(高野街道)
4八幡市~四條畷市~古市 出屋敷、野崎観音(東高野街道)
5富田林の散策 寺内町の町並み(東高野街道)
6富田林~河内長野、千早赤阪 赤阪城址、千早城址(東高野街道)
7布施~平野 杭全神社 全興寺(中高野街道)
8平野~河内松原 喜連、瓜破の町並み(中高野街道)