高野街道 一日目の街道歩き旅
[西高野街道 堺~河内長野 編]

堺~河内長野(大阪府)の位置

地図

観光タバコ(1973年)より

左 南蛮行列の図 右 旧堺灯台。日本最古木造洋式灯台

	観光タバコ(1973年)より

大仙公園

少し寄り道をする。園内には堺市博物館もある。中央奥に平和塔が建つ

	大仙公園

千利休

堺の豪商出身で茶道の大成者。信長や秀吉に仕えた

	千利休

歌碑

「堺の津 南蛮船の行き交へば、春秋いかに入りまじりけむ」(1930年)。右に作者 与謝野晶子のレリーフ

	歌碑

晶子像

中央図書館の前に歌碑は建つ

	晶子像

切手(与謝野晶子)

堺市出身の歌人(1878~1942)。卓越した想像力と情熱で短歌界に革命をもたらす。歌集「みだれ髪」(1901年)

	切手(与謝野晶子)

百舌鳥耳原(もずみみはら)

仁徳天皇が御陵を造営しようとした時の神話的記述に由来する。なお百舌鳥には五世紀ごろの重要古墳群があり、2019年に古市古墳群とともにユネスコの世界遺産に登録された。

	百舌鳥耳原

西高野街道

南海高野線の堺東駅の南側の景観

	西高野街道

「歴史の道」

堺を通る歴史の五街道が図示されている。有難く拝見する。
それらは、1)紀州、2)熊野、3)長尾、4)竹内、そして、これから歩く、5)西高野街道

	「歴史の道」

最初の里石

堺市榎元町にある高野山女人堂への最初の里石(十三里石 写真右)が建つ。
ここは、竹内街道(左折。写真左中央に街道碑)との分岐点である。

	最初の里石

十三里石

「是より高野山女人堂江、十三里」とある。1857年(安政4年)の里石

	十三里石

西高野街道

大小路から百舌鳥梅北町、関茶屋、岩室を経て高野山に至る

	西高野街道

十二里石

堺市関茶屋付近に建つ十二里石(右)

	十二里石

十二里石

「右、高野山女人堂 十二里」

	十二里石

街道碑

こまめに街道碑が建っているので、堺市はわかりやすくてありがたい 。

	街道碑

分岐点

堺市中茶屋付近の道標(写真左)
「右かうや(高野)大みね」「左たきたに(滝谷不動)金剛山」。ここは右の街道を進む。

	分岐点

西高野街道

レンガ舗装の街道

	西高野街道

ほぼ一直線

堺市東南端の街道。ほぼ一直線で、一見してそれとわかる舗装が施されている

	ほぼ一直線

「歴史の道」

	「歴史の道」

西高野街道

これは、1993年建の街道碑

	西高野街道

稲荷社

 大阪狭山市山本南の稲荷社と地蔵堂付近の街道

	稲荷社

大阪狭山市山本付近

電柱(右)の傍らに十一里石が建つ

	大阪狭山市山本付近

十一里石

「是より高野山女人堂江十一里」高さ175cm

	十一里石

十里石(左)

大坂狭山市茱萸木(ぐみのき)に建つ十里石

	十里石(左)

西高野街道

河内長野市楠町西付近

	西高野街道

地蔵道標

河内長野市楠町交差点に建つ地蔵道標。ここは中高野街道(写真右)との合流点である。

	地蔵道標

晴明塚

平安時代の有名な陰陽師・安倍晴明にちなむ「晴明塚」が街道に面している。
死期を悟り、ここで秘伝書を焼いたとされる。河内長野市役所の東300m地点。

	晴明塚

行者堂(左)

前述の晴明塚から南へ約600mの地点。九里石と道標が並び建つ

	行者堂(左)

九里石

左の道標には「左さかい四里、大坂七里」とある。南海河内長野駅は目前だ。

	九里石

高野街道歩きコース

コースプラン
  コース 見どころ、ハイライトなど
1堺~河内長野 十三~九里石、晴明塚(西高野街道)
2河内長野~橋本~学文路 紀見峠、学文路(高野街道)
3学文路~高野山(女人堂) 河根の旧本陣、女人堂(高野街道)
4八幡市~四條畷市~古市 出屋敷、野崎観音(東高野街道)
5富田林の散策 寺内町の町並み(東高野街道)
6富田林~河内長野、千早赤阪 赤阪城址、千早城址(東高野街道)
7布施~平野 杭全神社 全興寺(中高野街道)
8平野~河内松原 喜連、瓜破の町並み(中高野街道)