下野街道 二日目の街道歩き旅 [横川~山王峠~糸沢編]

横川~山王峠まで

下野街道 横川~山王峠の地図
横川一里塚

横川一里塚

横川一里塚が一基残っている。

横川番所跡

横川番所跡

横川番所跡。初め糸沢にあったが1661年から当地に移された。

横川宿

横川宿

下野[しもつけ]で最北の宿場(横川宿)。

山王峠

山王峠

急坂を登り山王峠の頂上(906m)に出た。ここは栃木(日光市)と福島(南会津町)の県境である。峠名の表記はないが左奥に何か石仏らしきものが見える。

馬頭観音像

馬頭観音像

それは南向きに建つ馬頭観音像だった。

山王峠

山王峠

この山王峠でも激しい攻防戦(戊辰戦争)が展開された。やがて会津軍は田島へ退いた。

山王権現社跡

山王権現社跡

ここにかつて鎮座した山王権現社跡。

これが峠名の由来になったようだ。

山王峠

山王峠

峠の8合目付近で旧国道と交差する。

山王峠

山王峠

つづら折りの峠道。

山王峠

山王峠

吉田松陰はこの山王峠を南下し、イザベラ・バードは逆に北上した。

山王~糸沢まで

下野街道 山王~糸沢の地図
荒海宿の標識

荒海宿の標識

荒海[あらかい]宿の標識(写真左)が、ちょいと気にかかる。かつて福島・栃木県の県境近くにあった村名だ。その後・田島町と合併(1955)し、今は南会津町(2006)になった。

糸沢宿本陣

糸沢宿本陣

糸沢宿の本陣、阿久津家は問屋で、のちには村名主役も務めた。

糸沢宿本陣

糸沢宿の本陣

往時の名残りを今に留めている。会津藩主をはじめ新発田・村上藩主らも宿泊している。