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長崎街道 四日目の街道歩き旅 【塩田宿〜彼杵宿編】
塩田宿周辺〜嬉野宿周辺まで
塩田宿北入口
R498【写真左】から分かれる塩田宿の北入口付近。
塩田宿
平成17年に長崎街道塩田宿は重要伝統的建造物群保存地区に選定された。
職人館つるや
「職人館つるや」。
空き店舗を活用した塩田の案内所で、職人さんの作品も展示・販売する(土日・祭日)。
豪商・西岡家住宅
塩田津(塩田川の港だった)の豪商・西岡家住宅。天保14年(1843)に建てられたもので、当時の塩田津の繁栄を偲ばせる。国指定重文。
杉光家
平成10年、国登録文化財に指定された「杉光家」。
江戸末期に陶磁器を扱う豪商によって建てられた土蔵造り。
高札場跡付近
高札場跡付近の町並み。エビスの立像が目を惹く。
レトロ館
この「レトロ館」は情報プラザとして特産品などが展示されている。
エビス像
佐賀市でも、エビス像をよく見かけたが、ここ塩田宿にも多数あり、その微笑みは旅人の心を穏やかにしてくれます。
嬉野宿〜彼杵【そのぎ】宿まで
街道風景
JRバス・嬉野【うれしの】温泉営業所南側の街道風景。
嬉野宿東構口跡
嬉野宿の東構口跡。
構口は宿場の防備などのために設けたもので、宿場の出入口にあたる。
嬉野の由来
伝説では、神功皇后がこの地に立ち寄った際、負傷した兵士の傷が川に入って癒えた。皇后は、それを喜び
「あな、うれしいの」。これが嬉野の地名の起源になったとか。とにかく九州を代表する温泉地の一つである。
種田山頭火の碑
東構口から約150m進んだ所の店先に「昭和の芭蕉」種田山頭火【たねださんとうか】の碑がある。
藩営浴場跡
藩営浴場(一般庶民から奉行・大名に至るまで利用されていた)跡のすぐ北に「シーボルト・あし湯」があります。広場に置かれた石は藩境石というユニークなものです。
西構口跡
西構口跡【写真左】が残る大正屋付近の街道。
東構口から約500m。
湯野田付近
湯野田付近の街道。
水車が趣深い。
尾ノ上峠
尾ノ上峠。
蓮池藩(佐賀藩の支藩)はここに遠見足軽を配し、長崎奉行の行列が俵坂を下ると注進させた。
丹生大明神の鳥居
丹生大明神【にうだいみょうじん】の鳥居を右に見て進んでいく。
平野の渡し跡
平野の渡し跡。この辺りには休憩所や茶店などがあり、かなり繁栄していたといわれる。しかし梅雨時の渡河は困難を極めた。
R34号横断
「渡し」から約400m緩やかな坂道を進むとR34号【写真左上】に出るが、これを横断し丘の方へ。
茶畑
またR34号【写真左端】を横断し集落の方へ進む。
一面茶畑が広がる。
この辺りは、嬉野茶の産地である。
俵坂関所跡
俵坂関所跡。藩の管理下で正しくは口留番所。佐賀・大村両藩の藩境の要地で、特にキリシタンの取締まりが厳しかった。ここで侍1名、足軽9名が監視の目を光らせていた。
俵坂峠の国境石
俵坂峠の崖の上に、ひっそりと国境石【写真左の低い石碑】が建つ。
R34号【写真右】が走る。
俵坂峠の国境石
左の「俵坂峠の国境石」を反対側から拡大したもの。
「従是南 大村領」
とあるべき所、緑色の部分が失われている。
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