豊後街道 一日目の街道歩き旅 [竹田市内散策編]

竹田市内散策

豊後街道 竹田市内散策の地図
豊後街道 歴史の道

歴史の道

JR豊後竹田駅から武家屋敷経由、岡城跡まで歴史の道が設定されているので、散策には重宝。

豊後街道 竹田

竹田

頼山陽は、この豊後街道を通り、親友の住む竹田を訪れた(九州遊学1818)

豊後街道 旧竹田荘

旧竹田荘

その親友とは江戸末期の南画家の巨匠・田能村竹田[たのむらちくでん](1777~1835)。ここが竹田の旧宅である。

豊後街道 殿町武家屋敷跡

殿町武家屋敷跡

殿町武家屋敷跡。殿町は家老など上級武士の屋敷が多く残るところ。

豊後街道 道中の風景

道中の風景

土塀や長屋門が江戸時代の面影を残す。

豊後街道 歴史の道の碑

歴史の道の碑

歴史の道の碑(写真左)が要所に建ち、旅人を案内してくれる。

豊後街道 瀧廉太郎記念館

瀧廉太郎記念館

瀧廉太郎(1879~1903)記念館。郡長(大分県直入[なおいり]郡)として竹田に赴任した父に従って一家全員ここに住んだ。

豊後街道 廉太郎トンネル

廉太郎トンネル

中を歩くと瀧廉太郎の名曲が流れてくる粋な廉太郎トンネル。

豊後街道 愛染堂

愛染堂

古い石段が続く愛染堂の参道。愛染堂は竹田で最古の木造建築。恋愛成就の御堂として有名。

豊後街道 岡城址碑

岡城址碑

少年時代(12才~14才)竹田で過ごした廉太郎にとって、難攻不落の名城岡城は絶好の遊び場だった。

豊後街道 岡城跡の説明碑

岡城跡の説明碑

岡城跡の説明が記されている。伝承では。文治元年(1185)緒方三郎惟栄が源義経を迎え入れるために築城されたとか。

豊後街道 廉太郎の銅像

廉太郎の銅像

二の丸跡に建つ廉太郎の銅像(写真中央)。

彼は、この岡城跡をイメージして不朽の名作荒城の月を作曲した。

豊後街道 岡城の石垣

岡城の石垣

断崖の上に高い石垣が残っている。

中世山城の雰囲気が漂う。

豊後街道 道中の風景

道中の風景

廉太郎は、その後ドイツに留学。

帰国後まもなく23才の若さで亡くなっている。