三国街道 九日目の街道歩き旅 [渋川~高崎編]
渋川~金古
渋川宿
渋川にやって来た。渋川宿はかつて物資の集散地として賑わった。ここ四ツ角はその中心だった辻である。
石碑
旧渋川公民館(写真左)の向かい、後藤氏宅(写真右)の前には興味深い石碑が建つ。
石碑
小栗上野介[おぐりこうづけのすけ](1827~68)の日記及び家計簿が貴重な資料として保存されている(県の重要文化財)。小栗は勘定奉行などの要職を歴任した幕臣。日米修好通商条約(1860)批准の際には渡米したこともある。しかし徳川埋蔵金ゆえに罪なくして斬首された。
堀口家
付近の堀口家は国指定有形文化財。この土蔵作りは1866年建。
勅使御差遣記念碑
旧渋川公民館前には勅使御差遣記念碑が建つ(1931年建)。何のために勅使が派遣されたのであろうか。いささか気になる記念碑である。
金古~高崎
豊田屋旅館
三国街道の終着点、高崎にやって来た。ここは駅前の豊田屋旅館、大正初期の木造建築とのこと。
諏訪神社
あら町の諏訪神社(写真右)は小柄である。左の山車蔵(高崎祭りで使う山車を保管)がやけに大きく見える。
向雲寺
曹洞宗の古刹、向雲寺。
創建は高崎城とほぼ同期とか。
高崎公園
市庁舎の南に隣接する高崎公園。
市民の憩いの場になっている。
頼政神社
高崎藩主(大河内家)の祖先、源頼政を祀る頼政神社。頼政は源氏挙兵(1180)の先駆者。
内村鑑三 上州人碑
境内にはキリスト教思想家内村鑑三(1861~1930)の上州人の碑が建つ。これによれば上州人(群馬県人)は質実剛健、純朴で誠実タイプのようだ。
高崎
城下町高崎は三国街道や中山道の分岐点であり、宿場町、物資集散地として繁栄した。ここは高崎城三の丸外囲の土塁。
高崎城乾櫓
当時の面影を残す高崎城乾櫓[いぬいやぐら](写真左)。
東門(写真右)は平門の一つでくぐり門がついていたので通用門として利用された。
乾櫓
裏から(西から)見る乾櫓。
歌碑
高崎藩にゆかりある女性(万女)の歌碑のようだ。
高崎城跡碑
高崎城跡碑。
村上鬼城句碑
城跡公園近くの桜橋には村上鬼城(1865~1938)の句碑が建つ。
「ゆさゆさと大枝ゆるるさくらかな」
鬼城は高崎で活躍した俳人で正岡子規の弟子。
田町の町並み
かつては市が立ち繁栄した田町の町並み。
「お江戸見たけりゃ 高崎田町 紺ののれんがひらひら」と詠われた。
糀屋
糀屋[こうじや]は漬物や糀を扱う創業430年の老舗。
伝統の味として親しまれてきた。
中山道街道絵巻
中山道街道絵巻がずらりと並ぶ街道沿い。
心熱く夢ゆきかう中山道という言葉が添えてある。
三国街道歩きのルート
コース | 三国街道の見どころ、ハイライトなど | |
---|---|---|
1 | 長岡~宮内 | 河井継之助記念館、吉沢商店の土蔵 |
2 | 榎峠~湯沢 | 榎峠古戦場パーク、雪国館 |
3 | 三俣~二居 | 中の峠、二居峠 |
4 | 二居~苗場 | 二居宿本陣、山鳥原遊歩道 |
5 | 三国峠越え | 三国峠、大般若塚 |
6 | 永井宿~猿ヶ京 | 永井宿、おがんしょ巡り |
7 | 猿ヶ京~下新田 | 与謝野晶子紀行文学館、須川宿 |
8 | 中山~北牧 | 中山宿、なぎなた坂 |
9 | 渋川~高崎 | 高崎城址公園 |
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