若狭街道[鯖街道]/わかさかいどう[さばかいどう]

若狭街道・鯖街道のマップ

鯖街道のルート地図

若狭街道・鯖街道は全長約71km

(若狭湾)-小浜[おばま]-遠敷[おにゅう]-熊川[くまがわ]宿-<水坂[みさか]峠>-保坂[ほうざか]-朽木[くつき]宿-葛川[かつらがわ]-<花折[はなおれ]峠>-<途中越>-大原-八瀬-出町柳-大原口(京都)

鯖が運ばれた街道が一般的に鯖街道と呼ばれたため、上記以外にも若狭と京都を結ぶ鯖街道ルートは数多い。マップ中には代表的な2つの鯖街道を表示。

若狭街道(鯖街道)歩きコースプラン

鯖街道を歩いたコース

鯖街道を四区間に分割し、それぞれの区間を歩いた記録を掲載しています。

鯖街道・若狭街道の意義

鯖街道とは

若狭街道は海を持たない京都の人々が鮮魚を得るために不可欠な道であった。若狭から運ばれた物資の中で特に鯖が有名で鯖街道の別名がある。

鯖街道と呼ばれてはいるが、鯖のほか、アマダイ(グジ)、イカ、カレイも運ばれた。

塩鯖と鯖街道

鯖の腐敗を防ぐため塩でしめて、丸一日かけて鯖街道を運んだ。早朝、小浜を出発し、昼夜歩き続け翌朝ようやく京都に到着。着く頃には、丁度よい味加減になっていた。

鯖街道の歴史

鯖街道は文化の道

若狭街道・鯖街道は古代、大陸の表玄関であった若狭から、大陸や朝鮮の文化が峠を越えて京都や奈良に伝えられた重要な道でもあった。

また同時に、京都の文化もこの若狭街道・鯖街道を通じて小浜(別名海のある奈良)に伝わった。「京は遠ても十八里」。若狭の人々にとって、京都は身近な存在だった。

若狭街道・鯖街道は西近江路の脇街道

琵琶湖の西岸に沿って大津と日本海(敦賀)を結ぶのが西近江路。この古い歴史を持つ西近江路の脇街道として若狭街道・鯖街道は戦略的にも重要だった。多くの武将たちが、この街道を駆け抜けた。

若狭街道・鯖街道は朝倉攻めの際、織田信長も退路として利用した(1570)。

鯖街道歩き1 大原口~花折峠 へ