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若狭街道(鯖街道) 二日目の街道歩き旅 [葛川〜保坂編]

花折峠〜葛川

若狭街道(鯖街道) 葛川〜保坂までの地図
葛川

葛川

花折峠を越えると葛川[かつらがわ]に入る。

東に1,000m級の比良山系、西に900m級の丹波高地にはさまれた風光明媚な山村である。やがて右手に地主神社が見えてくる。

葛川〜細川

若狭街道(鯖街道) 葛川〜細川までの地図
地主神社

地主神社

正面が地主神社。相応和尚が創始した葛川谷の一の宮である。

すぐ近くに鮎・松茸・イノシシなど地元の食材を使用した評判の旅館がある。

この比良山荘の前を流れる清流(武奈ヶ岳から発する)と水車が印象的。

明王院の庫裏

明王院の庫裏

明王院の庫裏[くり]の横を通る。

明王院は相応和尚が開いた(859)修験道場で天台回峰行の重要な道場。

太鼓まわし

太鼓まわし

明王院の奇祭太鼓まわしは毎年7月18日夜にある。

相応和尚が滝つぼに飛び込む姿を再現したもの。

行者が大聖不動明王と合掌高唱し、太鼓に飛び乗り、飛び降りる。これを長い竹をもった若い衆と見物人の見守る中、何度も繰り返す。一寸でも気を抜くと怪我をするので真剣そのもの。お堂の中は熱気と興奮がみなぎる!

道標

道標

やがて道は下りとなり、
是より 明王道かけぬけ一丁半 の道標の所へ下りてきた。

右はR367。

細川への旧道

細川への旧道

R367から分離する上りの坂道が旧道(若狭街道)。

細川まで約2km続く貴重な旧道である。

右の川は安曇川[あどがわ]。

細川への旧道

細川への旧道

細川に向かう旧道。

民家

民家

民家の前を、おそるおそる通る。

畑仕事をしていた住人(写真中央のボウシ姿)の話によれば、この旧道は地元の人もめったに歩かないとのこと。これは望外の発見、嬉しい気分だった。

細川への旧道

細川への旧道

やがて舗装路から分れ、林の中(写真中央奥)へ入っていく。

静かな山道である。

武奈ヶ岳登山口

武奈ヶ岳登山口

やがて峠らしき所に出た。

ここは武奈ヶ岳(比良山地の主峰,1214m)の登山口だった。写真は南向き、左側が武奈ヶ岳方面

武奈ヶ岳

武奈ヶ岳

[参考写真]武奈ヶ岳の頂上(1214m)。

比良山地の主峰である。

細川〜朽木へ向かう道中

若狭街道(鯖街道) 細川〜朽木へ向かう道中の地図
細川の集落

細川の集落

ここ細川は、大津市最北端の集落。

この坂を下ると、やがてR367(写真右・中央)に合流する。

旧朽木村

旧朽木村

旧朽木村は長らく滋賀県唯一の村だった(2005年1月は高島市)。

朽木栃生[くつぎとちゆう]のバス停近くに地蔵峠コメカイ道の道標が建つ。

ここは釣瓶岳[つるべだけ](1098m)の登山口である。

朽木宿散策

若狭街道(鯖街道) 朽木宿散策の地図
旧朽木村腰越付近

旧朽木村腰越付近

旧朽木村腰越付近の旧道。

旧朽木村腰越付近

旧朽木村腰越付近

R367側の腰越付近。

鯖街道モニュメント

鯖街道モニュメント

朽木宿の入口に鯖街道のモニュメントが建つ。

朽木宿

朽木宿

朽木宿の入口付近。

近くの道の駅くつき新本陣では、毎週日曜日に朝市が開かれ、ズラリと店が並ぶ。

イラスト案内図

イラスト案内図

歩いていくとイラスト案内図があり、正面に丸八百貨店が見える。

ここは無料休憩所兼情報発信拠点になっている。

鯖ずしなどの販売もしている。

丸八百貨店

丸八百貨店

丸八百貨店から少し進むと、れんじ格子の所に鯖街道の文字を見つけた。

夜には、明かりをともすのであろうか。水路の傍には柳が植えられ、美観である。

朽木宿

朽木宿

朽木宿(今は市場商店街)の中ほどに、新しい道標が建つ。

鯖の道、近江国高島郡市場村本町

うしろの車輪とマッチして、景観を引き立てている。

鯖街道モニュメント

鯖街道モニュメント

朽木宿の出口にも、鯖街道のモニュメントが建っている。

水車のある方が街道で、左側はR367である。

朽木宿説明板

朽木宿説明板

説明板によると朽木宿に通ずる街道はいくつかあったそうだ。

朝倉攻めの際、織田信長が浅井長政の挟撃にあったとき、朽木を通り京へ逃げ帰った(朽木越え,1570)。

朽木陣屋跡

朽木陣屋跡

朽木陣屋跡。

明治維新とともにすべての建物が取り壊され、現在は一部が残っているだけである。

朽木〜保坂

若狭街道(鯖街道) 朽木〜保坂までの地図

保坂〜熊川

若狭街道(鯖街道) 保坂〜熊川までの地図
保坂

保坂

保坂は、鎌倉時代の古文書では法坂の関所とあり、小浜と今津を結ぶ九里半海道と、京から朽木谷を経て若狭へ通じる街道の接点に位置した。

道標

道標

橋のたもとに1775年の道標が建つ。

右 京道 左 志ゆんれいみち(巡礼道の意)。つまり、ここは西国三十三観音霊場の巡礼ルートにあたり、舞鶴から来た巡礼は竹生[ちくぶ]島(写真中央の進行方向が今津)を目指した。

道標

道標

[参考写真]9年前同じ場所の写真。

歩いた街道

北海道の街道

  1. 福山街道