街道歩きの旅 >  近畿地方 > 若狭街道(鯖街道) > 1日目の街道歩き旅(大原口〜花折峠)

若狭街道(鯖街道) 一日目の街道歩き旅 [大原口〜花折峠編]

大原口〜三宅八幡駅

若狭街道(鯖街道) 大原口〜三宅八幡駅までの地図
大原口道標

大原口道標

京都御所の北東、大原口は京七口の一つで八瀬、大原を経て若狭へと通じる若狭街道の出入口にあたる。

この交差点にユニークな道標が建つ(写真左)。

白いガードレールの右端。

>
大原口道標

大原口道標

何がユニークかといえば、この道標になんと洛中22ヶ所もの地名と距離が刻まれている。若狭方面から街道を歩いてきた旅人にとっては有難かったに違いない。

(西)内裏、北野、金閣寺、御室、あたご

(東)上御霊、上加茂、くらま、大徳寺、今宮

大原口道標

大原口道標

(東)下かも、比ゑい山、吉田、黒谷、真如堂、坂本城

(南)かう堂、六角堂、六条、祇園、清水、三条大橋

以上22ヵ所。1868年建立。

道標

道標

東大路高野団地付近の道標。手前が大原方面。

十一屋

十一屋

左京区川端町にある十一屋[じゅういちや]。

寛永年間(17C.前半)創業の料亭で、ナマズなどの川魚を中心とした料理を守り続ける。

大原道の標識

大原道の標識

叡山電鉄修学院北西の交差点に大原道の標識(写真左の電柱)。大原へは、直進(写真右奥へ)する。

山ばな平八茶屋

山ばな平八茶屋

左京区山端川岸町。高野川沿いにある料理旅館山ばな平八茶屋。天正年間というから400年以上前の創業らしい。街道に面している。

騎牛門

騎牛門

萩(山口県)の禅寺から移築したという騎牛門(写真左)を、くぐって中に入る。つくね芋を使った麦めしととろろ汁が有名。

三宅八幡駅付近

三宅八幡駅付近

叡山電鉄・三宅八幡駅付近の町並み。

近くに遣唐使として有名な小野妹子(607派遣)が勧請したと伝えられる三宅八幡宮がある。

八瀬〜花尻の森

若狭街道(鯖街道) 八瀬〜花尻の森までの地図
崇道神社

崇道神社

崇道天皇の異名を持つ早良親王を祭神とする崇道神社(9c.後半創建)。

その参道(写真左)に、街道は面している。

八瀬

八瀬

京都の中心部から約10kmの所にある八瀬。壬申[じんしん]の乱(672)で大海人皇子にうけたことが地名の由来とか。この八瀬大橋の下を流れる八瀬川は、やがて名を変え高野川となり最終的には鴨川として京都へ流れ込む。

かまぶろ

かまぶろ

街道を通る旅人の疲れを癒してきた八瀬の名物かまぶろ

今のサウナのようなもの。

江戸時代には16軒ものかまぶろがあったと言われる。

道標

道標

バス停八瀬登山口近くの街道沿いに登山道(写真中央奥へ)が通じている。左の道標は横川[よかわ]・元三大師道

横川は比叡山の根本中堂より約3km北方にあり、近くを奥比叡ドライブウェイが走っている。ちなみに元三大師道とは慈恵大師の別名で旦の日に入滅したので、この名がついたとされる、

花尻の森

花尻の森

おつう伝説(大蛇に変身したが退治され、その霊を鎮めるため尻尾の部分が埋められた)が残る花尻の森。

江文神社の例祭時の御旅所でもある。

花尻橋北の道標

花尻橋北の道標

花尻橋北の道標。

大原御幸古墳寂光院十八丁 とある。寂光院は平清盛の娘で安徳天皇の母・建礼門院徳子が晩年をすごした古刹。

街道は右の道である。

途中越に向かう道中

若狭街道(鯖街道) 途中越に向かう道中の地図
道標

道標

野村別れの交差点から東へ細い坂道を登った所に道標が建つ。

魚山

魚山

道標が示すように、右が魚山[ぎょざん]。三千院一帯の寺院を魚山と総称する。三千院は最澄が比叡山に建立したのが起源とされる古刹。左の道が若狭街道である。

道標

道標

前の写真の道標を左側から拡大すると 左若狭街道 とある。

ここで初めて街道名に接した。

大原茶屋

大原茶屋

三千院の参道途中にある大原茶屋。草葺の屋根が印象的な竹細工と和傘の店である。傍に大原女[おおはらめ]の衣装をした娘さんがいた(写真左)。昔は、このような姿で、頭に野菜や花、まきを乗せ京へ売りに行った。
大原女の足の速さよ夕紅葉 と詠まれたように、現代女性とは違い(?)かなり健脚でした。

途中越〜花折峠

若狭街道(鯖街道) 途中越〜花折峠までの地図
途中越

途中越

標高374mの途中越。これより、街道は京都市から滋賀県(大津市)に入る。平安時代には関所が置かれた。すぐ北に有料のバイパス(トンネル)が通じている。

途中の集落

途中の集落

途中越と花折峠の間にある途中の集落。

古来より若狭街道(写真左奥へ進む)が通じる交通の要地。この付近、道路狭く車が渋滞することが多い。

花折峠の入口

花折峠の入口

ここが花折峠の入口。

近畿自然歩道のコースになっており、近くにバス停、花折峠口がある。

ただし、本数は少ない。

花折峠

花折峠

約20分、坂道を登っていくと標高591mの難所、花折峠に着く。葛川[かつらがわ]参詣の人々が、ここで仏供の花(樒 シキミ)を祈ったことが峠名の由来。室町時代の将軍・足利義尚の母、日野富子もこの峠を越えた。

花折峠

花折峠

歩いた街道

北海道の街道

  1. 福山街道