西近江街道 街道歩き旅
〔大津~敦賀編〕

大津~敦賀の位置

西近江街道地図

いにしえの街道

国道161号線(右)との分岐点に建つ道標

	いにしえの街道

小野妹子公園

大津市唐臼山古墳。遣唐使小野妹子の墓と伝わる

	小野妹子公園

苗鹿(のうか)の常夜灯

西近江街道沿いでは、最大級の常夜灯。1847年建。雄琴温泉の手前

	苗鹿(のうか)の常夜灯

本堅田の榎

右に道標(1836年)が建ち、「白髭大明神 右〇〇」とある。

	本堅田の榎

日吉大社の山王祭

ここ坂本は延暦寺の門前町。
かつて日吉大社は山王信仰と日吉参詣で賑わった。

	日吉神社の山王祭

武者姿の稚児。実にあどけない。

「花渡り」

山王祭の中では最も華やかな行事である。

	「花渡り」

警護の若者(左右)を従えて参道を進む

日吉大社の参道を上る「花渡り」の行列

色とりどりの造花で飾った献花

以上撮影は、2003年4月13日

テレホンカード

「堅田の落雁」は、安藤広重による浮世絵版画。
浮見堂(右下)を背景に飛ぶ雁の群れ。

	テレホンカード

陽明園

日本に陽明学を広めた中江藤樹(1608~48)は、高島市生まれの儒学者。 「近江聖人」と尊称された。

	陽明園

陽明園

道の駅「藤樹の里」の東側にある中国式庭園。
(中央にある陽明亭は、2018年に老朽化により解体)

	陽明園

佐々木神社の竹馬祭

この竹馬祭は400年近い歴史があるという。以前は戸主となる長男だけの行事だったが、今は村の男児すべてが参加する。

	竹馬祭

流鏑馬

馬(本物の馬ではなく、1mぐらいの竹で作られた馬)にまたがって、走りながら矢を放つ。

	流鏑馬

拝殿の前で「弓の手」。次いで「扇の手」が馬場である。

佐々木神社 竹馬祭

新旭町熊野本今市 佐々木神社1988年撮影

	佐々木神社 竹馬祭

新旭町安井川にやってきた

今から大荒比古神社の七川祭が始まる。行列が当番の家を出発したところ。

	新旭町安井川にやってきた

唐丁(からな)(中央)が持つ竹

竹の上には酒が入っている。適宜自分で飲んだり、祭りの見物人に勧める。

	唐丁(からな)(中央)が持つ竹

流鏑馬の青年(中央)

	流鏑馬の青年(中央)

的練(まとねり)

奴姿で的を持ち練り歩く的練(まとねり)

的練(まとねり)

樽振(たるふり)

酒樽をかつぎ、ユーモラスに振り歩く樽振(たるふり)。
人気者で笑いを誘う

樽振(たるふり)

鉦たたきの子ども(中央)

当番の家に男児がいないと、借りてくるらしい。

	鉦たたきの子ども(中央)

長い行列 

田園の中を、かなり長い行列が進む。

長い行列

的練りの奴が神社の境内に入ってきた。

 alt=

「ええ祭りや」と地元の人

地元の人は、本当にこの日が楽しみのようだ。神社内の桟敷で御馳走を親戚や家族と食べ、酒を飲み、馬駆けを見物していた。

	「ええ祭りや」と地元の人

馬駆け

騎馬武者の馬が、約300mの馬場を駆け抜ける。

	馬駆け

傘鉾の入場

鉾の数は、旧八ヵ村の数。色は白と赤。

	笠鉾の入場

湖西地方最大の祭り

	湖西地方最大の祭り

大荒比古神社の七川祭

1986年5月10日撮影

	大荒比古神社の七川祭

新旭風車村の花ショウブ園

大荒比古神社から東へ約4kmのところにある。

	新旭風車村の花ショウブ園

駄口一里塚(敦賀市)

	駄口一里塚(敦賀市)

疋田の道標(1873年)

「右 西京、かい津(海津)、志ほつ(塩津)」「左 東京 きの本道」

	疋田の道標(1873年)

西近江街道歩きコース

  コース 見どころ、ハイライトなど
西近江街道 西近江街道トップページへ
1 大津~敦賀 山王祭,竹馬祭,七川祭