鎌倉街道 二日目の街道歩き旅 [鎌倉市内散策~稲村ケ崎編]
鎌倉市内散策~稲村ケ崎まで
若宮大路の段葛
JR鎌倉駅から鶴岡八幡宮へ向かっていこう。京都の朱雀大路がモデルといわれる若宮大路を歩く。よく見ると中心部が、周りより一段高く築かれている。
これが段葛[だんかずら]である。
三の鳥居
この段葛は源頼朝の妻(北条政子)の安産祈願のため造られたといわれる。
当初は一の鳥居まで続いていたが地震・津波等で破壊され今は480mを残すのみ。
中央奥は三の鳥居。
源平池と太鼓橋
この太鼓橋の右が源氏池、左が平家池。
両方合わせて源平池という。
隠れ銀杏
3代将軍源実朝を暗殺(1219)した公暁[くぎょう](実朝の甥)がひそみ隠れていたという大イチョウ(写真左)。
実朝は27才の若さだった。
巨福呂坂
史跡・巨福呂[こぶくろ]坂と書かれた木柱(車のすぐ右隣)もかなり古びている。右奥へと坂を上っていく。
巨福呂坂の頂上
頂上の民家(写真右枠外)にぶつかり、通り抜けられない。
ここは退却するしかない。
巨福呂坂トンネル
仕方なく現代の巨福呂坂トンネルを上っていく。
建長寺
鎌倉五山・第一位の建長寺。
日本初の禅寺。
亀ヶ谷坂切通
この亀ヶ谷坂切通を南下(写真手前)して薬王寺方面に向かう。この道は鎌倉駅方面への抜け道である。
化粧坂
やがて西へ向きを変え急坂を登っていく。
これが化粧坂[けわいざか]。
化粧坂
大きな岩が道の中央に露出している。東海道の大磯にも同名の坂がある。あちらは、ほとんど平坦で全く違う。
化粧坂
化粧坂は新田義貞が鎌倉攻めをした時(1333)の古戦場。
これにより鎌倉幕府は滅亡するが、歴史は目まぐるしく変わり南北朝時代となる。義貞は5年後、越前で無念の横死をとげる。
源頼朝像
坂を登り切ると源氏山公園。鎧姿の源頼朝像が迎えてくれる。この辺りは、朝比奈切通方面と違って人気コースでよくハイカーを見かける。ここから大仏へはハイキングコースもある。
鎌倉大仏
人気スポットの国宝・鎌倉大仏。
高さ約12m、建立から約770年経つ。前述の大佛次郎のペンネームは、この大仏裏に住んでいたことに由来する。
鎌倉大仏
眉目秀麗で風格が漂う。
与謝野晶子は、美男におはす と嘆息した。
与謝野晶子句碑
鎌倉や 御仏なれど 釈迦牟尼は 美男におはす 夏木立かな
(1904 与謝野晶子)
甘縄神明社
鎌倉最古の神社・甘縄神明社(写真右)。頼朝も参詣したという。川端康成の旧居はすぐ近く(写真左奥)。ここに26年間暮らした。
招鶴洞
前述の神明社から少し東へ進み、ゆるやかな石畳の坂道を上がっていくと風情のある石造トンネル(招鶴洞)がある。
鎌倉文学館
その先にあるのが鎌倉文学館。
旧前田侯爵家の別荘だった。大佛次郎、川端康成など、いわゆる鎌倉文士たちの資料を展示している。
徒渉伝説地碑
太刀を海神にささげ鎌倉に攻め入った新田義貞 徒渉伝説地碑が立つ稲村ケ崎の小公園。
七里ヶ浜
西を望むと江ノ島(写真左)、うっすらと富士山(七里ヶ浜)が見え眺望が美しい。気分が良くなった所で鎌倉の旅も終り。江ノ電で帰る。
鎌倉街道歩きコース
コース | コース内容 | |
---|---|---|
1 | 金沢八景駅~若宮大路 (六浦路) |
<京浜急行>(金沢八景駅)-(朝比奈)-(朝比奈切通)-(光触寺)-(釈迦堂切通)-(若宮大路) |
2 | 鶴岡八幡宮~稲村ケ崎 | (鶴岡八幡宮)-(巨福呂坂)-(建長寺)-(亀ヶ谷坂)-(化粧坂)-(源氏山)-(鎌倉大仏)-(鎌倉文学館)-(稲村ケ崎)<江ノ島電鉄で帰途> |
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