羽州街道 三日目の街道歩き旅 [大曲~横手編]

大曲~船通寺

羽州街道 大曲~船通寺までの地図
田口松圃の歌碑

田口松圃の歌碑

このコースはJR大曲駅からスタート。

駅前に田口松圃(旧大曲町長、新聞人)の歌碑が建つ。

丸子橋

丸子橋

地名大曲は、雄物川[おものがわ]が大きく曲がる所の意。

この丸子橋は雄物川の支流・丸子橋に架かる。

街道はこの橋を渡り右奥へ進む。室町時代には富樫氏の土屋館があったようだ(写真左端)

丸子橋

丸子橋

この丸子橋は眺めのいい所で市民の憩いの場。

全国的にも有名な大曲の花火(8月下旬)の日には、さぞや観客で混雑するだろう。

御本陣橋跡碑

御本陣橋跡碑

御本陣橋跡碑(写真左)が建ち、右奥には旧本陣跡の産業展示館が見える。これは明治期の迎賓館・鞠水館を模したものである。

鞠水館

鞠水館

鞠水館[きくすいかん]には大久保利通、原敬、板垣退助らの高官や、正岡子規、河東碧梧桐らの俳人が宿泊した。

大曲駅場跡説明板

大曲駅場跡説明板

大曲は羽州街道の典型的な宿場町。
ここ上大町に大曲駅場跡の説明板がある(写真右)。駅伝業務取り扱う宿場だった。

大曲の町並み

大曲の町並み

大曲の町並み。

大木と碑

大木と碑

街道は南の方へまっすぐ続いている。
右に大木と碑が見える。

大曲一里塚

大曲一里塚

ここが大曲一里塚だった所。

船通寺周辺~六郷城跡

羽州街道 船通寺周辺~六郷城跡までの地図

六郷城跡周辺~平安の風わたる公園散策

羽州街道 黒石市内散策地図
平安の風わたる公園

平安の風わたる公園

街道筋ではないが、歴史公園により道をした。平安の風わたる公園。

この名にひかれた。ここは後三年の役(1083~87)の古戦場。万葉の径が設けられ、歌碑(写真手前)も建つ。

雁橋

太鼓橋 雁橋

3連の太鼓橋雁橋も公園にマッチしている。勿論、岩国の錦帯橋(5連で木造)には及ばないが。

平安の風わたる公園 広場

平安の風わたる公園 広場

武将たちのブロンズ像、古戦場の地図や清原方と源氏方の系図も広場にセットされ歴史ファンを飽きさせない。

藤原清衡像

藤原清衡像

後三年の役後、新たに奥羽に君臨した藤原清衡[きよひら](旧姓清原清衡)。

平泉を根拠に子基衡・孫秀衡と奥州藤原氏3代の栄華を開いた。

平安の風わたる公園周辺~横手

羽州街道 平安の風わたる公園周辺~横手地図
一里塚跡碑

一里塚跡碑

横手市街へ、あと約4kmの地点にある一里塚跡碑。

榎本武揚の詩碑

榎本武揚の詩碑

大鳥公園付近の空地に、ぽつんと立つ石碑を見つけた。

正面にまわると奥羽道中と題する榎本武揚の詩碑だった。

偶然、予期せぬところで有名人に会った感じである。

しかし、ここは奥州街道でもないし、榎本は江戸から船で脱出したはずである。

どうして、こんなところに立派な碑があるのか?しばらく、この難問に悩まされた。

五稜郭

五稜郭

[参考写真]榎本武揚、大鳥圭介らが立てこもり官軍と戦った激戦地・五稜郭(函館市)。彼らは降伏後、羽州街道、奥州街道を通り東京へ護送された。榎本は獄中で横手を通過した折の事を回想しながら、前述の歌詞を読んだ。鳥海山も美しく見えたことだろう。

石坂洋次郎記念館

石坂洋次郎記念館

石坂洋次郎記念館。

前述の弘前生まれの石坂が横手に来たのは26才の時。

小説家志望で、この町に13年間教師として暮らした(現、横手高校など)。

横手城跡

横手城跡

横手城跡。

天守閣様式の展望台がある。

石坂洋次郎文学碑

石坂洋次郎文学碑

城跡の横手公園には、石坂洋次郎文学碑が建つ(1976建)。

青い山脈はあまりにも有名だが、この碑は若い人の一部が自筆で刻まれている。

旧日新館

旧日新館

明治の洒落た洋風建築・旧日新館。

米人英語講師チャンプリン(1902赴任)の住居を復元したもの。

片野宅

片野宅

閑静な武家屋敷(片野宅)。

黒板塀が長々と続く。

武家屋敷(片野宅)

武家屋敷(片野宅)

同じく武家屋敷。

逆方向から見る。

柳並木

柳並木

横手川(写真右)沿いの並木道。

横手市街

横手市街

横手市街の町並み。

かまくら館

かまくら館

横手といえば、何と言ってもかまくら。

横手庁舎の隣には、年中体験できるかまくら館がある。