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大洲街道 一日目の街道歩き旅 [大洲〜内子散策編]

大洲市内散策

大洲街道 大洲市内散策策地図
大洲街道 和霊大祭

和霊大祭

夏の旅行なら7月24日がおすすめ。宇和島・夏の最大のイベント「和霊大祭」がある。大洲へ行く前に時間の余裕があるなら、宇和島へ寄り道をしてみよう。別名「牛鬼まつり」。牛鬼が主役である。

大洲街道 牛鬼まつり

牛鬼まつり

首は長く伸縮自在、牛の姿の胴体には数十人の若者が入り町を練り歩く。

大洲街道 牛鬼まつり

牛鬼まつり

恐いというよりも陽気な楽しい祭りである。

この日の宇和島は祭り一色に包まれる。

大洲街道 海上渡御

海上渡御

夜になると須賀川にて海上渡御がある。

大勢の見物人[写真上]の見守る中、勇壮なミコシの走り込みが行われる。


大洲街道 闘牛

闘牛

闘牛も、この日に合わせて開催される(年に5回)。

1tを越える巨牛の白熱した戦いが展開される。

大洲街道 凸凹神堂

凸凹神堂

宇和島の多賀神社にある凸凹神堂。

性文化財資料館で性の神秘についての展示物が豊富である。

大洲街道 大洲

大洲

さて伊予の小京都として知られる大洲には、江戸や明治の面影を残す町並みがある。レンガを敷きつめた道の中央におはなはん通りへの誘導パネルがある。

大洲街道 おはなはん通り

おはなはん通り

大洲の人気スポットおはなはん通り

左に武家屋敷、右に土蔵や商家が並ぶ。

閑静な石畳の町並み。


大洲街道 おはなはん

おはなはん

NHKドラマおはなはんは1966年に放映された人気番組。

主演は樫山文枝だった。

大洲街道 明治の家並み

明治の家並み

ここは明治の家並み

当日は雨だったが、石畳の道が実にしっとりと落ち着いた、やさしい雰囲気を漂わせてくれる。

大洲街道 旧大洲商業銀行

旧大洲商業銀行

1901年建築の旧大洲商業銀行。1世紀以上の歳月を経た現在は、観光施設おおず赤煉瓦[れんが]館として活躍中。

大洲街道 おおず赤煉瓦館

おおず赤煉瓦館

内部には喫茶コーナーやギャラリーなどがあり散策中の休憩によい。


大洲街道 大洲城

大洲城

2004年7月天守閣が復元した大洲城。龍馬が脱藩した当時と同じ4層4階建て。

龍馬は、この肱[ひじ]川を川舟で下ったと伝えられている。

大洲街道 中江藤樹の像

中江藤樹の像

県立大洲高校の園庭には日本陽明学の祖・中江藤樹(1608〜48)の像があり、その下には彼がといた知行合一の文字が見える。


五十崎駅周辺まで

大洲街道 五十崎駅周辺までの地図

五十崎〜内子町散策

大洲街道 五十崎〜内子町散策までの地図
大洲街道 金毘羅大権現灯籠

金毘羅大権現灯籠

JR内子駅の東へ300mの所に金毘羅大権現(いわゆるコンピラさん)の灯籠が建つ。

大洲街道 内子座

内子座

1916年建築の歌舞伎劇場内子座。今も年20回程度公演する。収容人数は650人である。


大洲街道 内子座

内子座

回り舞台になっている。

見物席は桝[ます]席。

写真中央上の扁額[へんがく]には芸於遊(芸に遊ぶ)と書いてある。

大洲街道 内子町立図書館

内子町立図書館

内子町立図書館では折しもおひなまつり開催中だった。

図書館のすぐ近くにはノーベル賞作家大江健三郎氏が通った内子高校がある。

大洲街道 商いと暮らし博物館

商いと暮らし博物館

明治からの薬商佐野薬局を町が購入して商いと暮らし博物館として公開している。大正10年(1921)頃の暮らしをリアルに紹介している。

大洲街道 大正の頃の暮らし

大正の頃の暮らし

朝食の様子。

写真左下の丁稚[でっち]は土間で食べる。

メニューは、ご飯に大根のミソ汁、それに漬物。


大洲街道 新しい道標

新しい道標

伊予銀行付近に建つ新しい道標。

大洲街道、文化の里・内子町

大洲街道 大森和蝋燭屋

大森和蝋燭屋

大森和蝋燭[ろうそく]屋。

ハゼノキの実から作る。

木蝋は優秀な品質がもてはやされ、大正末期まで外国へも輸出されたほどである。

大洲街道 町家資料館

町家資料館

すぐ近くにある町家資料館。このあたりから約600mにわたり八日市護国の町並み、重要伝統的建造物が続く。目を凝らして一歩一歩ゆっくり歩きたいところ。

大洲街道 枡形

枡形

ここが枡形[ますがた]。

宿場の入り口などに見られる形態で、わざと道を直角に曲げ、敵の襲来を防御する。


大洲街道 あたらし屋

あたらし屋

八日市資料館あたらし屋

大洲街道 重要伝統的建造物

重要伝統的建造物

写真左は大村家住宅。写真中央は本芳我[ほんはが]家住宅。いずれも国の重要文化財。このあたりが重伝建(重要伝統的建造物)のベストスポットである。

大洲街道 本芳我家

本芳我家

北側から見た本芳我家。住宅内は非公開だが概観と庭園は見学可能。江戸時代後期から明治期にかけて木蝋製造で財を成した豪商の家らしく、その外壁には贅[ぜい]をつくした装飾がふんだんに用いられている。

大洲街道 本芳我家の旭鶴

本芳我家の旭鶴

黄色みを帯びた土倉が印象的。鬼瓦の下には色彩豊かな鏝絵[こてえ]。

旭鶴(朝日に鶴)は本芳我

家のシンボルである。

大洲街道 なまこ壁

なまこ壁

なまこ壁も一種類だけではない。亀甲模様が目をひく。鬼瓦の上にある装飾は鳥衾[とりふすま]という。

大洲街道 本芳我家の家紋

本芳我家の家紋

こちらの懸魚[げぎょ](鏝絵の一種)にも鶴がデザインされている。下には本芳我家の家紋(丸にカタバミ)。カタバミはハート型の三枚葉。

大洲街道 木蝋資料館

木蝋資料館

さて本芳我家から北へ約100m進むと右手に分家の上芳我[かみはが]邸がある。木蝋資料館として公開され、各部屋が見学可能で製蝋プロセスも紹介している。

大洲街道 上芳我邸

上芳我邸

本家に勝るとも劣らない重厚で風格が漂う家屋だ。


大洲街道 上芳我邸2階

上芳我邸2階

2階に上がると、迫力のある大きな梁[はり]も見られる。展示してある日本の町並みの写真にも興味をそそられた。

大洲街道 展示棟

展示棟

展示棟も目を奪われるほどの美観である。

大洲街道 内子の町並み

内子の町並み

再び、品格のある内子の町並み。

大洲街道 内子の町並み

内子の町並み

路地空間にも造形美を感じる。


歩いた街道

北海道の街道

  1. 福山街道