街道のルート
江戸、関西からの旅の場合
大坂の淀川から三十石船の金比羅丸が定期的に出港する。三日三晩が標準で途中、室津【むろつ】(兵庫県南部)、牛窓【うしまど】(岡山県南部)に寄港した。順風ならばシュラシュシュシュと一日で、逆に風待ちだと数日を要した。丸亀港に到着して約3里の平坦な道を歩いた。そのルートは郡家【ぐんけ】−与北【よぎた】−櫛梨【くしなし】−高篠【たかしの】−苗田【のうだ】−榎井【えない】そして終着、琴平である。
街道の歴史
金毘羅参詣の道
金毘羅【こんぴら】大権現は古くから海の神様、海上交通の守護神として崇敬され、室町時代には庶民の信仰の対象となる。五穀豊穣、医薬、商売繁盛の神様でもある。江戸中期以降になる信仰よりも観光がメイン。一生に一度は金毘羅へと伊勢参りに並ぶ人気スポットだった。金毘羅五街道(他に多度津【たどつ】、高松、阿波【あわ】、伊予・土佐海道)中で最も栄えた。
庶民の夢の旅路
今と違って江戸時代の庶民は、めったに旅に出なかった。講で費用を貯え数年に一度の割で出かけるのである。だから旅は大きな楽しみであり、憧れだった。
金毘羅の門前は享楽的なムードにあふれ、旅人はいいしれぬ解放感にひたったことだろう。市の開催、相撲、繰り人形などの興業、土産店、富くじ、芸者や遊女がはべる茶屋。そして最大の娯楽は金丸座での歌舞伎見物だった。
丸亀街道歩きコースプラン
コース
| コース | ハイライト・見所 | |
|---|---|---|
| 1 | 丸亀港〜琴平 | 丸亀城・金比羅宮 |
