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枚方市上島町、楠葉橋付近に大小2基の道標が並んで建つ。
「(石清水)八幡宮、参詣道、橋本へ一里」
京阪・樟葉【くずは】駅の北800mに建つ道標。
石清水八幡宮への近道を示している。
渡し宿場、間【あい】の宿であった橋本の町並み。
井原西鶴が「好色一代男」で描いたように遊郭が軒を連ねた。
かつての歓楽街。
細い大谷川にかかる小さな橋の手前に「橋本の渡し」碑がある。
「山さき、あたご(愛宕山・火伏せの神)わたし場」 「柳谷(5q北西にある観音)わたし場」 とある。
京阪・橋本駅の傍に、ひっそりと道標【写真左、電柱の左】が建つ。
かなり背が高い。
「京大坂街道」
と深く刻まれている。
京阪・橋本駅の道標の拡大写真。
京阪・淀駅の西隣にある淀新城跡。徳川秀忠が築城した。
落成は1624年。美しい石垣が残る。
淀古城址碑が妙教寺にある。
豊臣秀吉によって大改築(1589)され淀殿(秀吉の側室)の御殿となる。
4年後、ここで秀頼を生んだ。
納所にある「唐人雁木【とうじんがんき】旧跡」。朝鮮通信使が上陸した船着場で、今は水路が埋められ道路になっている。船着場の階段のつくりが雁の行列のように斜めで、ぎざぎざしていることから「雁木」と名付けられたらしい。
納所【のうそ】の戊辰戦争(鳥羽伏見の戦い1868年)跡。納所は、古代・中世の京都の外港で、その名が示すように、船の荷を収める倉庫が軒を連ねていた。
伏見より北西へ3qはなれるが、鳥羽伏見の小枝橋がある。ここは鳥羽伏見の戦(1868)の火蓋が切られた激戦地である。
軒提灯を吊るす昔ながらの船宿風情で、現在も宿業行を営む寺田屋。
薩摩藩の定宿で、討幕急進派が、ここに集まって決起を企てた寺田屋事件(1862)は有名。
「京へ来たなら一度はお寄り、伏見寺田屋 坂本龍馬 昔白刃の裏梯子」。
これは明治維新以来の寺田屋のキャッチフレーズである。龍馬はここを定宿とし多くのエピソードを残す。竜馬の部屋などがあり見学できる。
伏見港を埋め立てて整備された伏見港公園。
京街道の起点(終点)である「京橋」から蓬莱橋【写真中央】を遠望する。このあたりは、「伏見の浜」ゾーンと呼ばれ、川辺の柳に風情がある。京橋は、かつての伏見港の中心部に架けられていた。
古市の町並みが立ち並ぶ。昔の雰囲気が残っている。
新高瀬川沿いにある松本酒造の酒蔵。酒は伏見名産の代表で、 灘(兵庫県)は辛口=男酒 伏見が甘口=女酒 とも言われる。
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