福山街道/ふくやまかいどう

福山街道の別名

別名 松山街道、桜松[おうしょう]街道、にしん街道、追分ソーランライン、松前口

福山街道のルート

箱館(現函館)―木古内[きこない]―知内[しりうち]―福島―吉岡峠―福山(松前の旧名)―江良[えら]―原口―小砂子[ちいさご]―石崎―汐吹―上ノ国[かみのくに]―江差

厳密に言えば函館~松前であろうが、文化庁選定「歴史の道」に上ノ国が福山街道と明記されている。
なお、現在のR228号はこの街道に相当する(函館~松前~江差は約151km)。

福山街道の意義

上ノ国周辺が「歴史の道」に選定

上ノ国町の寅ノ沢~上ノ国八幡宮、勝山館、花沢館跡周辺までが北海道で唯一選定されている。

街道沿いの鉄道

かつて松前線(木古内~松前)が走った(1953~88)。
松前~原口間は着工(1942年)されたが太平洋戦争の戦況悪化で開業に至らなかった。

福山街道の歴史

蝦夷[えぞ]三湊(箱館、松前、江差)を連絡する街道

渡島[おしま]半島の南西部、松前半島の外周をたどるこの街道は北海道でも最古の街道と思われる。

途中には福島峠、吉岡峠という2ヵ所の難所があり、さぞや旅人は難儀をしたであろう。が、今は快適な国道が走り今昔の感に堪えない。

菅江真澄頼三樹三郎らも歩いた道

当時の松前は蝦夷との交易で繁栄していた日本最北の城下町だ。

菅江真澄[すがえますみ]が松前を訪れた年(1788)、幕府巡見使随員の古川古松軒も松前に来ている。
古川は公用であるが菅江は生涯旅人だった。若くて好奇心が強い旅のエキスパート。4年2ヵ月も蝦夷地に滞在している。彼は先ず海岸沿いに歩いて江差に向かった。

「江差の五月は江戸にもない」と賑わった北海道最古の商港である。更に菅江は約55K北上し太田山に参詣している。

頼三樹三郎[らいみきぶろう](山陽の三男)が江差に来たのは幕末近く。江差では文人との交流を深め松浦武四朗(探検家、北海道の命名者)と親交を結んだ。

箱館戦争(1868~69)の戦闘が繰り広げられ、土方歳三[ひじがたとしぞう]らが駆け抜けた道

旧幕軍と新政府軍が、この街道のほぼ全域で交戦した。

福山城を攻略するなど旧幕軍優勢の時もあったが、最終的に圧倒的な兵力の差で榎本武揚らの「蝦夷共和国」は崩壊した。

福山街道歩き旅アドバイス

原口~小砂子間の約6kmは、バスの便がなく国道歩きとなるので要注意。道中、人家はおろか自販機もない(原口にはある)。

上ノ国の散策では、夷王山側の車道を登りきってから勝山館跡ガイダンス施設(開館10~16:00、月曜休館)に入り散策路を下って行った方が味わい深い。

福山街道歩きコースプラン

コース

  コース ハイライト・見所
1 木古内~福山(松前) 白神岬、松前城周辺、松前藩屋敷
2 江良~原口~小砂子 美しい海岸
3 石崎~汐吹~上ノ国 比石館館跡、道の駅「もんじゅ」
4 上ノ国の散策 勝山館跡、花沢館跡、旧笹浪家、天の川橋
5 江差の散策 かもめ島、開陽丸、いにしえ街道、旧中村家
横山家、旧郡役所
6 姥神大神宮渡御祭 13台の華麗な山車、祭り囃子コンクール