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東海道/とうかいどう

東海道の歴史

古代

都である大和が中心であり伊賀が東海道の起点であった(五畿七道)。

平安時代

京都に都が遷ったため、東海道は近江(滋賀県)路を通る。

9c.初、冨士山の噴火で足柄路が通れなくなり箱根路を開く。翌年(803)には足柄路が復活した(足柄峠を越えて相模に入った)。ちなみに、この頃の日本の大動脈は山陽道[参照]で「大路[たいろ]」とされ、東海道は1ランク低い「中路[ちゅうろ]」と定められた。

鎌倉時代

京・鎌倉往還が中世の東海道である。鈴鹿峠を通らずに美濃・赤坂宿までは近世の中山道のコースとほぼ同じ。尾張は黒田・牛野・萱津を通り熱田(宮)に入る。

江戸時代

江戸の日本橋を起点に5街道が整備され東海道は天下の幹線道路となる。中山道に比し難所が少なく温暖な太平洋岸をたどり風光良く遊興地も多いのが長所。ただ増水による川止めの場合は旅費が高くつくのが短所(大井川で4週間続いたこともあったという)であった。

多くの大名が参勤交代に利用(146家)、通常は15泊16日の旅であった

ちなみに太田南畝は全コース駕籠を使い、12泊13日。「弥次・喜多」は13泊。朝鮮通信使の場合は14泊15日である。次に標準タイプの宿泊地(15泊)を示す。
<京都> (石部) (関) (桑名) (宮) (岡崎) (吉田) (浜松) (掛川) (藤枝) (江尻) (吉原) (三島) (小田原) (藤沢) (川崎) <江戸>以上は長州藩主に付き添った吉田松陰のケース(1851年)である。(注)京都までの宿泊地は省略。

今回の歩き旅

奇をてらう訳ではないが、京都から出発する。西行阿仏尼や朝鮮通信使、吉田松陰などが歩いたように西から東を目指した。

参考までに補足すると箱根八里、小夜の中山、鈴鹿峠といった東海道の難所は地形的に東側が急峻で、西側は比較的なだらかである。

東海道歩き旅アドバイス

完歩至上主義ではなく、古道の面影が残る「歴史の道」をメインに歩いてはどうだろうか。事実、何の変哲もない国道歩きが8割くらいというのが実感。歩くのが危険な箇所さえある。

東海道歩きコースプラン

コース

  コース 見どころ、ハイライトなど
1 京都(三条大橋)〜大津〜瀬田 逢坂峠、義仲寺
2 草津〜手原〜六地藏 草津の追分道標、旧和中散本舗
3 水口〜土山〜鈴鹿峠 土山宿、鈴鹿峠
4 関〜亀山〜日永 関宿、野村一里塚
5 富田〜宮〜有松 七里の渡し、宮の渡し、有松
6 知立〜岡崎〜御油 無量寿寺、八丁蔵通り、御油の松並木
7 豊橋〜新居〜舞坂 新居の関所、舞坂の松並木
8 見付〜袋井〜掛川 旧見付学校、掛川城
9 掛川大祭 かんからまち、大獅子、奴道中
10 日坂〜小夜の中山〜金谷 小夜の中山、菊川坂、金谷坂
11 島田〜藤枝〜宇津ノ谷 日本坂、つたの細道
12 丸子〜蒲原〜沼津 清見寺、薩
13 三島〜箱根西坂〜箱根峠 三島大社、山中城址、小枯木坂
14 箱根峠〜畑宿〜小田原 甘酒茶屋、箱根関跡、石垣山
15 酒匂〜藤沢〜権太坂 化粧坂、権太坂
16 程ヶ谷〜川崎〜日本橋 横浜、泉岳寺、日本橋

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