甲州街道 二日目の街道歩き旅 [JR青柳駅~教来石編]

青柳駅~金比羅神社まで

甲州街道 青柳駅~金比羅神社の地図
大木

大木

JR青柳駅の西から約1.5km南進すると右手に大木が見えてきた。

御射山神戸一里塚

御射山神戸一里塚

これが江戸から48番目の御射山神戸一里塚[みさやまごうど]。

樹齢約400年のケヤキの下には一里塚碑と標高917mの碑がある。

御射山神戸宿

御射山神戸宿

御射山神戸宿は金沢・蔦木宿間の間[あい]の宿だった。R20号に合流する直前には馬頭観音群(写真右)がある。

R20号

R20

約900m、R20号(写真左)を歩くが、やがて右の、ゆるやかな坂道を進む。

金比羅神社付近

金比羅神社付近

富士見の金比羅神社付近。

金比羅神社~落合小学校付近まで

金比羅神社~落合小学校付近までの地図
道祖神

道祖神

街道脇には道祖神が建つ。実にかわいい顔してる。

富士見公園

富士見公園

この富士見公園には伊藤左千夫(1864~1913)、島木赤彦(1876~1926、上諏訪出身者)、斉藤茂吉(1882~1953)らのアララギ派歌人の歌碑が建つ。

松尾芭蕉の句碑

松尾芭蕉の句碑

松尾芭蕉の句碑もある
眼にかかる ときや殊更[ことさら]五月不二[さつきふじ](冨士)(1694年の句)。

塚平の一里塚

塚平の一里塚

富士見峠の手前にある塚平の一里塚(写真右)。

江戸から47番目である。この辺りは別荘地帯になっている(富士見ヶ丘)。

蚕玉神社付近

蚕玉神社付近

蚕玉[こだま]神社(写真右)付近の街道。

富士見峠

富士見峠

子供たちが仲良く歩いてくる。

気持ちのいい下り坂だ。

富士見峠

富士見峠

下ってきた坂道をふり返る。

武田信玄ゆかりの瀬沢古戦場の近くである。

瀬沢大橋

瀬沢大橋

瀬沢大橋(写真左)を渡る。

右奥から鋭角的に曲がる。

落合小学校付近

落合小学校付近

落合小学校付近。

机という珍しい地名である。

落合~上教来石まで

落合~上教来石までの地図
平岡一里塚跡碑

平岡一里塚跡碑

R20号沿いの大木の傍に平岡一里塚跡碑が建つ(江戸から46番目)。

歌碑

歌碑

与謝野晶子もよく各地を旅行した旅人。JA諏訪みどり蔦木支所前に歌碑が建つ(写真左)。

しら(白)じらと 並木の本[もと]の石の樋が、秋の水吐く蔦木宿かな(1926年)

蔦木宿本陣・大阪屋

蔦木宿本陣・大阪屋

蔦木宿本陣・大阪屋。

左の表門は江戸末期の建築。左端に明治天皇碑。

蔦木宿

蔦木宿

蔦木宿は、かつて90軒近くの旅籠が軒を連ねていた。

今でも街道沿いの家々にはには屋号が掛けられている。そこはかとなく宿場らしい雰囲気が漂ってくる。

蔦木宿

蔦木宿

江戸から43番目の宿だった蔦木。南北の入口には宿場でおなじみの枡形道路が配されていた。

古代米の里

古代米の里

古代米の里と書いてある(写真左)。紫・赤・黒米の3種あり富士見町の限定商品らしい。

宮坂酒造

応安の古碑

のどかな田園風景の中に応安の古碑(写真中央)が建つ。

この辺りには石碑、石仏が多い。

真福寺

真福寺

街道沿いにある真福寺(写真右奥)。

日蓮に感化され真言宗から日蓮宗に改宗したようだ。

高座石

高座石

勝沼方面から来た日蓮上人が3日3晩ここで説法を説いた(1274)と伝わる高座石(写真左)。街道は、やがてR20(写真右端)に合流する。

国境橋

国境橋

国境橋を越えると長野県から、いよいよ山梨県(白州[はくしゅう]町)に入る。

左が田園地帯の中を行く甲州街道。

山口の関所跡

山口の関所跡

山口の関所跡。

廃藩置県(1871)により廃止された。

西番所跡

西番所跡碑

山口の関所跡の傍に西番所跡碑が建つ。

山口

山口

この山口は松尾芭蕉と親交のあった山口素堂(江戸前期の俳人)の出身地。

目に青葉、山ほととぎす、初鰹 の句は有名。芭蕉庵の再興(1683)の折にも世話になった。