北陸道 十一日目の街道歩き旅 [津幡~倶利伽羅峠編]

ひがし茶屋町~森本駅周辺

北陸道 ひがし茶屋町~森本駅周辺の地図
ひがし茶屋街

ひがし茶屋街

この美しい紅柄格子が続く粋な界隈がひがし茶屋街。京都の祇園に並ぶ格式を誇る。

ひがし茶屋街

ひがし茶屋街

近在に点在していた遊郭を集めて1820年に開かれた町である。

ひがし茶屋街

ひがし茶屋街

ゆったりとした道の両側に続く本二階建ての町並み。

二階には座敷が置かれた。

北陸道

北陸道

街道はR159号の一本東の道を北上する。

大樋松門付近

大樋松門

大樋松門付近の景観。

街道碑

街道碑

街道碑が建つ。金沢市大樋町付近の景観。

津幡に向かう道

北陸道 津幡に向かう道の地図
旧金沢下口往還碑

旧金沢下口往還碑

「旧金沢下口往還」碑(写真中央)付近の松並み木。

津幡~竹橋

北陸道 津幡~竹橋の地図
津幡宿

津幡宿

津幡宿にやって来た。

津幡は北陸道と七尾街道との分岐点でもある。

おやどばし

おやどばし

津幡川にかかるおやどばしには、ひょうきんな奴さんの像が建つ。

道標

道標

津幡四ツ辻に建つ道標。

「北陸道、至金沢」

ここは能登路との分岐点「至、七尾十四里」

倶利伽羅塾

倶利伽羅塾

津幡町竹橋にある倶利伽羅塾は、食事や入浴できるので有難い存在だ。

倶利伽羅峠越え

北陸道 倶利伽羅峠越えの地図
倶利伽羅峠への道

倶利伽羅峠への道

ここからは「歴史の道」倶利伽羅峠への道である。

倶利伽羅峠への道

倶利伽羅峠への道

前述の倶利伽羅塾からJR石動駅まで約7kmの行程である。

案内板

案内板

道案内の方はバッチリだ。

倶利伽羅峠への道

倶利伽羅峠への道

いかにも古道らしい曲がり。

龍ヶ峰城跡説明板

龍ヶ峰城跡説明板

街道沿いに龍ヶ峰城跡の説明板が建つ。

山森バス停

山森バス停

この山森バス停で県道(写真右)と合流する。

倶利伽羅山不動寺

倶利伽羅山不動寺

これから登る倶利伽羅峠の名は、砺波山頂上にある古刹、倶利伽羅山不動寺(写真右奥)にちなむ。

不動の茶屋跡

不動の茶屋跡

頂上付近に不動の茶屋跡の説明板と碑が建つ。

右には十返舎一句文学碑が建つ。

倶利伽羅峠

倶利伽羅峠

ここが倶利伽羅峠(標高277m)。涼しげな緑のトンネル状態。

往年のままの道である。

猿ヶ馬場古戦場

猿ヶ馬場古戦場

平維盛が本陣(写真右奥に碑)を置いた猿ヶ馬場はきれいに整備され公園風になっている。

左に芭蕉塚。

いにしえの街道

いにしえの街道

舗装路の源平ライン(写真左)とわかれ「いにしえの街道」(写真手前)に入る。

矢立堂~埴生

北陸道 矢立堂~埴生の地図
矢立堂

矢立堂

矢立堂(写真中央)付近の古道。

木曽義仲率いる源氏軍の最前線であった所。

峠の茶屋跡

峠の茶屋跡

峠の茶屋跡。

名物は砂糖のモチだった。

堯恵の歌碑

堯恵の歌碑

「明けにけり ほのめくあまの砺波山 わかるる雲や秋の初風」 右は天台宗の僧堯恵[ぎょうえ](15c.)の歌碑。

宝治二年百首

宝治二年百首

「宝治二年百首」

堀河院御時百首

堀河院御時百首

「堀河院御時百首」が建つ「いにしえの街道」。

茶屋跡

茶屋跡

たるみの茶屋跡。

説明版

説明版

古道が整備され街道が設けてある。

倶利伽羅峠

倶利伽羅峠

登り口方面を振り返る。

街道碑

街道碑

石坂の集落

石坂の集落

街道の面影が残る石坂の集落。

北陸道碑

北陸道碑

名号碑の近くには「北陸道」の新しい碑(写真右)が建つ。「くりから越えいにしえの街道」とある。

石坂

石坂

石坂の景観。

埴生

埴生

県道(写真右)に合流する埴生[はにゅう]の町並み。

埴生護国神社

埴生護国神社

街道沿いには埴生護国神社(写真右奥)が鎮座する。

ここで合戦を前に、義仲が戦勝祈願した。