北陸道 二日目の街道歩き旅 [木之本~柳ヶ瀬~栃の木峠編]

長浜~曽根

北陸道 長浜~曽根の地図
曽根南の辻

曽根南の辻

大きな街道碑が建つ曽根南の辻。

かつて、ここに大きな石橋が架かっていたという(隣りの説明板)。

道標

道標

少し進むと、今度は巨大な道標が建つ。達筆だ。「左、竹生島道」。竹生島(宝厳寺)は古くから信仰の島で30番札所。ここから西へ約1里の早崎の港から船で渡り参拝したようだ。

虎姫町唐国

虎姫町唐国

虎姫町唐国には道標が建つ。「すぐ京いせ長浜道」

虎姫駅周辺~高月駅周辺

北陸道 虎姫駅周辺~高月駅周辺の地図
武者行列

武者行列

湖北町速水では、途絶えていた武者行列が52年ブリに復活した(1988.9.1)。20年後の2008にも実施された。北陸道沿いの伊豆神社の祭である。

武者行列

武者行列

熊襲[くまそ]討伐の際、神社で戦勝祈願した。日本武尊の第二王子・仲哀天皇が勝利したことにちなんで始まったとされる。

青物神輿

青物神輿

同時に実施された青物神輿もみごとなものである。

80~90種の野菜の特徴を活かして作るもので、重さは約300kg。

高月駅周辺~木之本

北陸道 高月駅周辺~木之本の地図
木之本

木之本

旧宿場の木之本にやって来た。

木之本

木之本

木之本の町並み。

意富布良神社

山路酒造付近

街道沿いの山路酒造(写真左)付近の町並み。

北国街道という銘酒の看板が気にかかる。

山路酒造付近

意富布良神社

意富布良[おほふら]神社の境内には、かつて北国街道と北国脇往還の分岐点に立っていた道標が保存されている。

「みぎ、京いせ道」
「ひだり、江戸なごや道」 

賤ヶ岳S.A付近~柳ヶ瀬

北陸道 賤ヶ岳S.A付近~柳ヶ瀬の地図
道標

道標

余呉小(写真右奥)付近に建つ道標。

左は余呉湖北側を通り塩津に至る権現越の道。

明治天皇小休所碑

明治天皇小休所碑

明治天皇小休所碑が建つ中之郷。かつての北陸本線は、木之本から、この中之郷、柳ヶ瀬、刀根、疋田を経由して敦賀に至った。

狐塚

狐塚

柴田勝家の陣地跡、狐塚。

毛受兄弟の墓

毛受兄弟の墓

主君・勝家を北ノ庄(福井市)へ逃がし身代わりに奮戦した毛受[めんじゅ]兄弟の墓(写真右)。

柳ヶ瀬宿本陣

柳ヶ瀬宿本陣

明治天皇碑(写真右)が建つ柳ヶ瀬[やながせ]宿本陣。

柳ヶ瀬は敦賀に至る若狭街道との分岐点である

関所跡

柳ヶ瀬の関所跡

この辺りには彦根藩の関所が設置されていた。

道標

道標

ここは柳ヶ瀬の北端、木陰にはひっそりと道標が建つ。

道標

道標

「右 えちぜん、かが、のと道、左 つるが、三国ふねのりば(三国港のこと)」。とある。つまり、左は北陸自動車道の刀根PA方面の道であり、旧北陸線沿線の道。

椿坂~椿坂峠

北陸道 椿坂~椿坂峠の地図
椿坂集落

椿坂集落

街道沿いの椿坂集落。

右奥に八幡神社。

椿坂峠

椿坂峠

椿坂峠。

右に地蔵。

椿坂峠~栃の木峠

北陸道 椿坂峠~栃の木峠の地図
本陣跡碑

本陣跡碑

中河内宿の本陣跡碑(写真左)。右奥には広峯神社が鎮座する。今庄を朝立ちした旅人は、この中河内で昼食を取り木之本に泊まったようだ。

太鼓踊り

太鼓踊り

中河内の太鼓踊り(1989年8月撮影)。

太鼓の打ち手の背中に背負っている短冊が珍しい。

武者隠れ道

太鼓踊り

4年に1度の祭だが後継者不足に地元の人は悩んでいた。

是非とも続けてもらいたいものだ。

栃の木峠茶屋

栃の木峠茶屋

栃の木峠の茶屋は余呉湖北に移転されている。

茶屋説明板

茶屋説明板

その茶屋の玄関横に説明板が掲げてあり、文化財の保存を訴えている。

栃の木峠

栃の木峠

この栃の木峠は標高537m、越前から近江へと越える峠の中では最も高い所を通る。峠付近には栃の木が群生していたので、この名がある。

淀川の源の碑

淀川の源の碑

この栃の木峠は大分水嶺であり、近くには淀川の源の碑がひっそりと建つ。

琵琶湖の水は淀川となって流れ落ち、関西地方の貴重な水源となっている。