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北陸道 一日目の街道歩き旅 [米原〜朝妻〜長浜編]

鳥居本〜米原

北陸道 鳥居本〜米原の地図
八幡山

道標

ここ鳥居本に立派な道標(1827建)が建つ。
左 中山道 京、いせ
右 彦根道
(朝鮮人街道のこと) とある。

彦根市下矢倉

彦根市下矢倉

北陸道中山道の鳥居本宿から分岐して北上する。

分岐点の彦根市下矢倉の景観。

 

分岐道標

分岐道標

米原[まいばら]宿の旅館かめやの前に建つ分岐道標。

北陸道、なかはま(長浜) きのもと(木之本)
と深く刻字されている。

右へ行くと中山道(番場宿方面)。

米原〜長浜

北陸道 米原〜長浜の地図
朝妻港址碑

朝妻港址碑

少し朝妻筑摩(米原市)へ寄り道をする。

琵琶湖が広がる浜に朝妻港址碑(写真右)が建つ。

西行歌碑

西行歌碑

ここ朝妻は、古代から琵琶湖の要港で遊女の数も多く、一夜妻の慰みを旅人が受けたという、西行歌碑。

筑摩神社

筑摩神社

この朝妻、筑摩神社には平安時代から伝わる由緒ある鍋冠祭がある。

起源には諸説あり、女性不倫を戒めるため、親しくした男性の数だけ鍋をかぶらせ見せしめにしたともいう(1976年撮影)

鍋冠祭

鍋冠祭

数え年8才の少女が縁の狩衣に緋の袴姿で張り子の鍋をかぶって神社まで琵琶湖々畔の道を練り歩く。

大へん人気のある祭である。

武者行列

武者行列

前述の鍋冠祭りと同じ日(5月3日)に、約2km南の磯という集落では武者行列が行われる。

伊吹山の荒神を征伐した日本武尊にあやかる。

武者行列

武者行列

幼稚園児くらいの男児たち。あどけない顔に墨で書いたヒゲがかわいい。

長浜市大戌亥町

長浜市大戌亥町

長浜市大戌亥[おおいぬい]町には、立派な道標が建つ。

右 京いせ道」(側面には「左 北こく道」)。

さいかちの木

さいかちの木

街道沿いに立つさいかちの木(写真右)。

珍しい木で、昔から生い繁っていた名木。 

良畴寺

良畴寺

街道沿いの良畴寺。

に大仏が建つ。

成田美術館

成田美術館

街道沿いの成田美術館。

ガラス工芸品を展示する個人の美術館である。

盆梅展の看板

盆梅展の看板

北こく道」の碑の横には盆梅展の看板が立つ。

長浜の盆梅は新春の風物詩で、その歴史・規模は日本一クラスを誇る。

本陣跡

本陣跡

本陣跡(写真左)。

今は長浜幼稚園。

慶雲館

慶雲館

明治天皇碑が建つ慶雲館(1887年建)。

今は前述の盆梅展会場などに使われる。

旧長浜駅舎鉄道資料館

旧長浜駅舎鉄道資料館

旧長浜駅舎鉄道資料館(1983開館)。

長浜城歴史博物館

長浜城歴史博物館

長浜城跡に建つ長浜城歴史博物館。

火縄銃の演武(1986.11月)。

北国道

北国道

街道は長浜駅の東200mほどの所を北上する。

北国街道碑

北国街道碑

説明板の下には鮮やかな「北国街道」碑が置いてある。

北こく道碑

北こく道碑

この安藤家は豊臣秀吉が長浜を治めた頃に活躍した名家。

玄関入口に「北こく道」碑が建つ。

郷土資料館

郷土資料館

安藤家の隣にある郷土資料館。

長浜の歴史と文化を紹介している。

黒壁ガラス館

黒壁ガラス館

高札場跡にある黒壁ガラス館(写真左)は町おこしのシンボル的存在。

これは明治時代の銀行を改修したもの。

武者隠れ道

武者隠れ道

階段状に道が折れ曲がった武者隠れ道

役者朝渡り

役者朝渡り

夜の曳山狂言に先立って、当日の早朝、子供役者が稽古場から八幡宮へ行列する(役者朝渡り)。

長浜曳山まつり

長浜曳山まつり

この長浜曳山まつりは、当時長浜城主だった羽柴秀吉の男子誕生を契機に始まったという。

曳山狂言

曳山狂言

400年の伝統を誇る曳山狂言。

豪華絢爛で動く美術館といわれる曳山の舞台で演じられる。

曳山狂言

曳山狂言

6〜12才の男児によって演じられる狂言は華麗そのもの。以上1988年4月撮影。

歩いた街道

北海道の街道

  1. 福山街道