千国街道/ちくにかいどう

千国街道のルート

(松本)-(穂高)-(池田)-(大町)-(千国)-(下里瀬)-(平岩)-<大網峠>-(山口)-(糸魚川)<北陸道>

全長は約120km。R17,148号にほぼ相当する。

別名

松本街道、大町街道、糸魚川街道、大網通り、越後道、越後往還、仁科街道(街道が安曇郡が仁科氏の本拠であった為)、小谷街道

千国街道の歴史

ソルト・ロード(塩の道)

信州の人々にとって越後から運ばれてくる海産物の中で、特に塩が重要だった。それは、いわば命綱。信州の塩輸送路の中でとりわけ輸送量が多かったのが、この千国街道である。1858年は1年間で480tを越えたという。日本海から入る塩を北塩と呼ぶが、松本藩は、領内で必要な塩をすべて北塩に依存し、南塩(太平洋側から入る)を厳禁した。なお、日本各地には沿岸から内陸へ伸びる塩の道が数多いが、千国街道は整備や景観の良さ、風情がよく残っている点で恐らくピカ一であろう。

戦国時代

越後の上杉謙信が甲斐の武田信玄に塩を送った故事に出てくる古道である。

千国街道の意義

交易の道

日本海(糸魚川)と信州(松本)を結ぶ交易路である。海岸部からは塩のほか魚などの海産物(特に糸魚川のブリは正月魚として貴重)高岡の鋳物、輪島の漆器など。
一方、内陸部からは麻、綿、木綿、木炭、煙草[たばこ]、こうぞ(楮)など和紙の原料が運ばれた。

「夏は牛方、冬ボッカ」

荷の輸送に夏季は牛を使用した。牛方が数頭の牛を追う。飛騨では牛追いのことを度市参[どしま]という。牛は魯鈍のイメージがあるが、細い橋や山道でも通ることが出来た。通常は4俵の塩俵を背にする。だから牛は実に頼りになる存在だった。但し、千国より南の平坦地では馬が使用された(南馬北牛)。馬は足が速く1日10里移動する。牛の倍速である。

しかし、冬季(11月23日頃の小雪から5月2日頃の八十八夜まで)は豪雪地帯のため人力オンリーとなる。ボッカ(歩荷)は荷を背負う運搬人のことである。人の背で通常1俵(60kg)を担ぎ山道を1日3里(12km)歩いたという。女性ボッカも相当いたようだ。冬の運搬は死と隣り合わせだった。雪崩で命を落とす人もいたのである。

生活の道

この街道を参勤交代の行列が通ったことは一度もない。そして信仰の道でもなかった。昔から生活道路として活用されてきた道でもある。

フォッサ・マグナ(中央大地溝帯)に沿う道

本州の中央部をほぼ南北に横切る断層地帯に沿う道である。言い換えれば、姫川やJR大糸線に沿う街道でもある。大町以北には、街道沿いにこれと言った名所とか景勝地はないが、北アルプスなどの雄大な風景、眺望がセールスポイントの魅力的な街道である。

周辺情報

日数的に余裕があれば、信濃大町から立山黒部アルペンルートで黒部ダムに訪れたい。
また毎年5月3日には「塩の道祭り」が開催される(小谷村)。ボッカや牛方に扮して山道を歩く。自由に参加できる祭である。

今回の歩き旅

若一王子祭り(流鏑馬[やぶさめ])、中谷大宮諏訪神社の夏祭、根知の延年などの祭りや青鬼集落、八方尾根を特別に加えた。ひたすら歩くだけ、道筋を追うだけの旅ではなく、寄り道の楽しさを味わい歴史と文化と景観を愛でる旅でありたい。

千国街道歩き旅アドバイス

塩の道ウォーキングの適期は5月から11月上旬まで。塩の道の大半はJR大糸線の駅を起点や終点に利用できるが、本数が多くないので要注意。白馬大池駅から松沢口まではバスの便がある。

千国街道歩きコースプラン

コース

この歩き旅の圧巻はコース5、人気のある、お勧めコースだ。
コース6もかなり良い。この5~6は前述の「塩の道祭り」で歩くコースでもある。
8と9は健脚コース。体調、気候、時間配分には十分注意されたい。この峠越えトレッキングコースは6~10月の間に限られる。かつてのボッカのように冬季に歩くのは危険である。

  コース 見どころ、ハイライトなど
1 松本~穂高 養老坂、下田、碌山美術館 松本市内は野麦街道の5日目を参照
2 池田~信濃大崎駅 仁科神明宮、塩の道博物館、若一王子神社
3 信濃大崎駅~白馬駅 佐野坂峠
4 八方尾根~青鬼~松沢 八方尾根、青鬼集落、前山百体観音
5 松沢~千国駅 牛方宿、親坂、千国の庄資料館、番所跡
6 千国駅~中土駅 源長寺、石仏群(大別当、小土山)小谷村郷土館
7 中土駅~平岩駅 幸田文文学碑、来馬温泉、城の越、白馬大仏
8 中土~深原~大峠 [地蔵峠越え]、中谷大宮諏訪神社、乳房の木、大峠
9 平岩駅~大網峠~山口~根知駅 [大網峠越え]、大網宿、白池、山口の関と資料館
10 根知の延年 おててこ舞
11 根知駅~糸魚川駅 中山峠、ウトウ、美山公園、白馬通り